「今夜のビールをもう一味おいしくするために」
---米国バージニア州草の根少年サッカー通信---



国際協力銀行開発金融研究所(ワシントン)勤務 保井俊之

夕方会社からの帰り道、車窓から小学校の校庭で子供たちがサッカーをしているのを眺めて、自分もやってみたいなあと思ったことはありませんか。子供をサッカーの練習に連れて行き、フェンスにもたれて、あんなふうに子供とサッカーができたらいいなあとコーチ達を少しうらやましく思ったことはありませんか。

米国の首都ワシントンDCに近接するバージニア州北部のサッカーグラウンドには、ワシントンDCで平日勤務しながら、業余に少年少女サッカーのコーチや審判になりたいという小さな夢(wanna-be-coach-dream, wanna-be-ref.-dream)をかなえた人たちがたくさん走っています。

米国の少年少女サッカーは隆盛期にあります。そしてその隆盛は90年代以降の米国の社会事情と密接な関係があるようです。その事情をバージニア州北部のマクリーン(McLean)市の少年少女サッカーを例に、この人たちの小さな夢の実現過程を追うことで見ていこうと思います。

1. サッカーママたちの声援

米国サッカー協会によれば米国で現在サッカーをしている少年少女たちは約三百万人にのぼるそうです。5歳から19歳までの少年少女たちの巨大な競技人口を支えるため、全米で30万人のコーチと50万人のボランティアが働いています。

米国の少年少女サッカーの競技人口は94年のワールドカップ米国大会、そして99年の女性ワールドカップ米国大会の開催を契機として急速な増加をたどったと言われています。今や米国内での少年少女サッカーの人気は少年少女野球に追いついたと見られています。

1990年代に入り、米国において少年少女サッカーが急激に台頭したのはなぜでしょうか。ワールドカップやオリンピックのサッカー競技など、大きな大会がそれに寄与したことは間違いありません。しかしさらに、ワシントンで働くあるジャーナリストは別の理由を挙げます。

「第二次大戦後まもなく米国中西部でわたしは少年期を過ごした。その頃は週末1日中、子供たちだけで日長一日野原で野球に興じても、大人は誰も文句なんか言わなかった。

ところが今はどうだい。両親は共稼ぎ、かつ、犯罪に巻き込まれてはいけないので子供の遊びは親のエスコート付だ。せっかく親が休みの土曜日に子供が二時間以上かかる野球の試合に親の参観付で参加していたんじゃ、親だってもたないってことさ。サッカーの試合なら一時間ぐらいで終わるだろう。だからサッカーがモテるのさ。残念な風潮だけどね。」

米国の少年少女スポーツの多くは、週一回平日の夕方に学校が引けてから一〜一時間半程度練習し、土曜日は試合の日となるのが通常のパターンのようです。野球などスポーツの種類によっては日曜日の午後や平日の夜に試合が入る場合もあります。プレーする子供は親が自宅とフィールドの間を自家用車で送迎するのが通例です。

兄弟姉妹の数が多く、例えば姉はサッカーとソフトボール、弟は水泳とフットボールにそれぞれ参加し、かつ試合や競技会が重なったら・・・。両親にとって土曜日は悪夢の日になります。

1996年のクリントン大統領の再選を支えたのはサッカーママたちだと言われています。サッカーママとは誰でしょうか。少し戯画化してその典型例とおぼしき姿を描写してみましょう。

瀟洒な郊外の住宅地からニューヨークやワシントンD.C.などの大都市に通勤する高学歴の弁護士や企業の管理職たちが典型です。夫婦二人で働いているから高収入。子供の教育にも熱心。子供をできれば有名な私立校に通わせたい。また、子供をスポーツやお稽古事に積極的に通わせます。パーティなどの社交やファッションにも興味があるから超多忙。超多忙だから試合時間がコンパクトにまとまっているサッカーが我が子にはお好みです。

試合のある土曜日は携帯電話片手にサイドライン際でデッキチェアにすわり、熱い熱い声援を我が子に送ります。その熱い声援には、相手チームのコーチも審判も時折たじたじとなるほどです。

彼女たちは政治信条的にはニューリベラルと言われます。しかし同時にニューエコノミーによる米経済の繁栄に信頼を置き、市場の力を信奉しています。そして既成政党にはやや醒めたところがあります。

あるスポーツ関係者は、こうしたサッカーママたちがクリントン大統領を再選に導く原動力となり、かつ、少年少女サッカーを隆盛に導いたのだと言います。

2. 「タイトル\」の威力

米国少年少女スポーツのもうひとつの特徴をなしていると思われるのが、少女向けスポーツの隆盛です。米国の女性サッカーが世界のトップレベルにあると言われるのも、草の根レベルでの分厚い女性のサッカー競技人口が寄与しているものと思われます。

少女向けスポーツの隆盛の背景としてあるスポーツ関係者が挙げるのが、1972年に施行された合衆国法典(USC)への第\編教育修正条項(Title IX of the Education Amendments of 1972)、いわゆるタイトル\です。

同条項は、連邦資金が入る教育プログラムにおいて、性別の違いによって等しく教育を受ける権利を侵害してはならないと定めています。そして連邦教育省公民権局(the Office of Civil Rights, the U.S. Department of Education)が同条項の施行の監視に当たっています。

60年代にニューヨーク近郊で高校のバスケットボールに参加していた米財務省関係者はそのころの女性バスケットボールの競技ルールについてこう懐述しています。「そのころのバスケットボールの試合では、女性はハーフラインを超えてドリブルをしちゃいけなかったのよ。そのドリブルも三歩以上しちゃ反則をとられた。どうしてそれがだめなのか、理由はぜんぜんわからなかったけど。」また、サッカーは男の子のスポーツという通念が当時は成立していたと言います。

タイトル\の施行により、こうした事態は徐々に連邦の助成金が入る体育プムグラムから改善され、性別の如何を問わず少年少女スポーツのプログラムが設けられるようになりました。

五歳児など幼年期のサッカー教室では共学チームになることがあります。そしてサッカーフィールドでは今やたくさんの少女たちが大人顔負けの難ゴールを鮮やかに決めています。

3. サッカーは今や野球に追いついた。でもインフラは ?

北部バージニア州のマクリーン市は首都ワシントンD.C.へ通勤する人たちのベッドタウンとして発展してきました。同市の人口は、2000年で6万7千人です。同市少年少女サッカー連盟によれば、同連盟のメンバーは今シーズン2,000人を超えました。マクリーン市リトルリーグは少年少女野球のメンバーを2,000人強としていますから、ほぼ同数ということになります。

サッカーに参加している子供を持つあるお母さんは野球とサッカーのイメージの違いをこう語ります。「野球は50年代の古いスポーツという感じがするわね。ホットドッグの食べ過ぎでおなかが出ているコーチが指導しているイメージね。他方、サッカーは新しくてかっこいいし、自分も競技に参加している気になれるわね。」

イメージの違いの当否は別として、マクリーン市の少年少女サッカー連盟はここのところ急激に膨張する競技人口を支えるインフラの整備に懸命です。さらに多くの小学校のフィールドが練習や試合に使えるように、郡(county)に請願を出したり、郡議会の公聴会で助成金の維持を訴えたり。同市のリトルリーグがこれまでの寄付の蓄積により自前の球場を持っているのとは対照的です。

急速に拡大する草の根レベルでの膨大なサッカー競技人口を支えるためには、コーチや審判を養成する組織的な努力が必要です。

コーチの数だって十分とは言えません。9歳児(U-9)の少年チームを例に挙げれば、チーム数は17。17人の首席コーチ(head coach)が各チーム10〜12人の子供を見ています。チームによってはコーチ代理(assistant coach)が1〜2人いますが、勤務の都合で平日練習に出席できない日もあります。コーチ数の確保は連盟の至上命題なのです。

4. 素人をコーチにしていく絶え間ない努力

9月初めの労働祭の祝日(Labor Day)が明けると秋のサッカーシーズンがはじまり、11月下旬の感謝祭まで練習と試合が続きます。春の場合は3月末の復活祭からシーズンがはじまり、6月中旬の学校の夏季休暇開始まで活動が続きます。

サッカーフィールドはいつも青い芝で覆われています。子供たちがインステップキックをしても怪我の心配はありません。

マクリーン少年少女サッカー連盟では、秋シーズンの場合は競技がはじまる前の7月から8月にかけて、また、春シーズンの場合は2月から3月にかけて、ウェブ・サイトや郵送でコーチや審判、用具係などのボランティアを募ります。

そして、いずれのシーズンもその開始と前後して、週末の夜と土曜日半日を利用してコーチ養成講座が実施されます。そこに集まるお父さん・お母さんの半分以上は、我が子の入るサッカーチームをコーチしたいが実は自分ではサッカーはあまりやったことがないという方々です。

コーチ養成講座が始まりました。まず金曜日の夜、近くの運動クラブで子供向けサッカー教室を開いている職業コーチたちが講演し、おもしろおかしくサッカーコーチのコツを語ります。身振り手振り入りの熱演にコーチの卵たちはおなかを抱えて何度も笑います。

翌朝はグラウンドでコーチ方法の実践です。そこで強調されることは子供を楽しませる要素(to have a fun)を入れること。子供を誉めてやる気を引き出すこと。そして、実際の試合の状況に似たトレーニングをすること。豊富な実例が実演で示されます。最後は子供たちに協力してもらってコーチングの模擬演習です。

2日あわせて実質1日弱の頑張りが米国サッカー協会の最下級コーチコース(カテゴリーF)の取得につながります。

コーチになるに当たってこれまでの自らの競技歴は問われません。国籍も性別も問われません。

連盟はコーチの数を増やし、コーチングの質を向上させるべく、絶え間ない機会提供を行ないます。「ワンナイト・コーチクリニック」と命名された講習会が月曜日の夜二時間程度、7歳児(U-7)や9歳児(U-9)などコーチ対象年齢別に分けて順次実施されます。

それでもなお不安なお父さん・お母さんのためには、日曜日の夕方に実際に自分がサッカーをプレーする機会が設けられます。

その勧誘パンフレットにはこう書かれています。「月曜日に松葉杖をついて仕事に行きたくないですよね ? だから滑り込みキックは禁止です。」

自分で競技をしたことのない人たちにコーチというボランティアをする機会を与え、ボランティアの裾野を広げていくこと。サッカー、野球、バスケットボールなど、マクリーン市の各種少年少女スポーツ連盟に共通に見られる態度です。

コーチたちの職業もさまざまです。シンクタンク勤務のエコノミスト、企業弁護士、投資銀行勤務、主婦、写真店経営、国際機関勤務、元シークレット・サービス・・・。

5. 審判講習会はパワーポイントのプレゼンテーションで

マクリーン市少年少女サッカー連盟が最も腐心していることのひとつは審判の数の確保です。毎週末の通常(ハウスリーグ)の試合、そしてオールスター選抜試合や遠征試合などを含め、シーズンを通じて行なわれる試合数は膨大です。そして草の根サッカーとはいえ、米国サッカー協会の正式資格を持った審判が全て試合をジャッジします。審判の需要は大きいのです。

同市では毎年11月頃と2月頃に、地元の公民館で最下級(レベル9/10)の審判養成コースが連盟主催で開かれます。

国際サッカー連盟(FIFA)の定める国際競技ルール17条を学ぶ平日夜の各三時間の講義があわせて4日間。そしてオフサイドなどの実技を土曜日の午後にこなし、最後の日に、100問の四択式試験で75問以上正解をとれば、正式競技会でない試合(recreational games)であれば全米どこでも審判ができるようになります。

同市では13歳以上の未成年者は親の承諾を得て、レベル9/10の審判に応募することが出来ます。従って、講習会の大半を、少しお小遣いを稼ぎたい中学生・高校生が占めることになります。彼らには審判を一試合務めるごとに10〜15ドルの謝礼が連盟から支払われるからです。

この少年少女たちを厭きさせないために、講習会のプレゼンテーションに各種の工夫が凝らされます。パワーポイントを使った説明。豊富なイラストと写真。先輩審判たちの苦労話。各条を終えるごとに復習のシートが挿入されています。ニューヨークのウォール街で証券アナリストが投資家向けに行なう説明会でのプレゼンテーションとほぼ同じ技法です。

不幸にして試験で及第点がとれなかったらどうしましょうか。心配ありません。丁寧な復習指導の後、追試が行なわれます。

晴れて審判になり、試合の割当を受け、第一試合のホイッスルを吹いたら・・・。第一試合には連盟審判部の指導部長がきて、新米審判のジャッジを見ています。審判の技法として心がける点、今後改めたほうがよい点、試合を円滑に流すためのちょっとしたノウハウ。第一試合の終了後に丁寧な指導があります。

6. 今夜のビールをもう一味おいしくするために

米国の首都ワシントンDCに通勤する人たちのベッドタウンであるバージニア州マクリーン市の少年少女サッカーの活動は極めてさかんです。その活発な活動を地道に支えるコーチや審判たちへの垣根はここまで見てきたように、予想外に低いようです。

ワシントンDC近郊に住んでいて、子供の参加しているスポーツでコーチや審判がしたい、あるいは別の言葉で申せば、スポーツを通じて地元のコミュニティのボランティア活動に参加したい、と願っていらっしゃるお父さま・お母さまの夢は十分実現可能のようです。なぜならば、運営団体がこうしたボランティア活動の裾野を広げる機会を絶え間なく提供しているのですから。

子供たちとスポーツで汗をかいて、今夜のビールをもう一味おいしくしてみたい。この夢が続々と米国のバージニア州北部では実現しています。

(参考) 見てみるとおもしろいいくつかのウェブ・サイト

米国サッカー協会(the US Soccer Federation)http://www.ussoccer.com
マクリーン市少年少女サッカー連盟(MYS)http://www.mcleansoccer.org
マクリーン市・リトルリーグ(the McLean Little League)http://www.mcleanll.com
マクリーン市少年少女バスケットボール連盟(MYI)http://www.myi.org