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![]() ![]() 『陶器と磁器についてのお話』
ARTIVEコンピュータ・コンサルタント&Webデザイン「海外リンク・コム」管理運営責任者
今でこそ、コンピュータとWebページの「何でも屋」という職で生計を立てさせていただいている私ですが、大学院までの専門分野は「セラミックス・アート」でした。本日は、少しその分野について思うところを書かせて頂きたいと思います。松本祐希 一般に「陶磁器」と総称して呼ばれる陶芸の世界ですが、この「陶器」と「磁器」には大きな違いがあり、現在の日本人でもこの違いを説明することのできる人は多くはありません。かなり乱暴な形で簡略化したものでよろしければ、海外で暮らす日本人として、雑学のような形で何かのお役に立つこともあるかと思い、少々お時間を頂きお読みいただければ光栄です。 「陶器」と「磁器」の違いについてですが、日本は縄文の時代から「陶器」の文化でした。土肌が魅力的な「備前焼」、タヌキの置物で有名な「信楽焼」、茶道の世界でよく使われる「楽焼」「萩焼」「唐津焼」等々、西日本を中心とした各地方の窯業地で、それぞれの特徴を持った陶器文化が花開きました。(東日本では「関東ローム層」に代表される鉄分の多すぎる粘土が多く、高火度で焼かれた際の美しい焼き肌が実現しにくいために、西日本ほど焼き物が盛んにはなりませんでした。) しかし、豊臣秀吉の時代に朝鮮半島から無理矢理連れてこられた陶工が、九州の有田地方で「磁器粘土」を発見します。正確には、磁器粘土に使える岩石を発見したということになります。それが有名な「伊万里焼」などに発展しました。その後、最先端の磁器のテクノロジーを持っていた中国が戦国時代に突入してしまい、磁器の輸出生産が止まってしまったので、ヨーロッパの貿易商達は困り果て、そこで日本の有田に白羽の矢が立ったのでした。江戸時代にヨーロッパに大量に輸出した磁器の多くは、九州の伊万里港から出荷・輸出されたので、その磁器の名前が「IMARI」となりました。当時、ヨーロッパの王族や貴族の間では「IMARI」をどのくらい持っているかで、自分の富を表すことが流行しました。それほど当時の伊万里の皿や壺は、高価な宝物のような扱いでした。勿論、日本国内においても、「鍋島焼」などに代表される、芸術性の高い磁器は、他藩や江戸幕府への献上品として用いられ、藩主から家臣への褒美やお給料の替わりとして下されることもありました。 専門的なお話になりますが、西ヨーロッパの地層は、石灰分を多く含んでいます。ドーバー海峡から見るあのイギリスの白い海岸の壁面は、その石灰層であるがゆえの白です。石灰が多いということは、カルシウム分が豊富ということになります。ですから、西ヨーロッパの水には自然にカルシウム分が多く含まれている所が多いので、日本のように「最近の若い世代はカルシウム不足」などとは言われないようです。水を飲んでいるだけでカルシウムは十分に摂取できるのですから。過去イギリスに多くの学術的逸材が誕生したのは、この豊富なカルシウム分が脳に良い影響を与えたものだという学説まで存在するほどです。(ある水質調査では、オックスフォードやケンブリッジ周辺の水質には特にカルシウムが豊富に含まれているという結果が出たそうです。) この石灰ですが、磁器の世界では必要な成分ではありますが、過剰に存在すると困る物質なのです。なぜならば、この石灰はその粘土自体の溶ける温度を下げてしまうからです。つまり、低い温度でその粘土が固まり、それ以上の温度で焼くと、粘土が溶け過ぎて潰れてしまうのです。磁器は高い温度で焼かなければ、あの透明感のある白はでません。このようなわけで、いまでこそ有名な磁器メーカーがたくさんあり、高級磁器のイメージのあるヨーロッパですが、実はその歴史はそれほど古いものではありません。「わが国でも東洋のような磁器を生産出来るようにしろ!」と皇帝や王様などが叱咤して資金を出し、必死に研究した結果なのです。(当時有名だった錬金術師に開発を任せ、結局その錬金術師は磁器を作ることができずに逃亡したという逸話も残っています) 「陶器」は土の中から掘り出した粘土を少し調整してそのまま使い、約1250度C位で焼かれます。「磁器」はガラス質の成分が多く含まれる岩石を砕いて粉にしたものを粘土状にして、1400度C位で焼かれます。「陶器」は光を通しませんが「磁器」は通します。「陶器」は水を通しますが「磁器」は通しません(陶器の湯飲みなどは、最初の3日位はジワジワと水がしみ出してきますが、そのうちに「め」が詰まって止まります)。同じ厚さの陶器と磁器をぶつけたら、間違いなく陶器のほうが割れてしまいます。同じ「焼き物」ですが、全く別の物と言えます。(陶器のことを「土もの」、磁器を「石もの」と呼ぶこともあります) 現代では「磁器の方が丈夫で扱いやすい」ということで、脆い陶器は家庭の中から随分と姿を消してしまいました。しかし、土の暖みや、「わび」など、日本人の心の世界は陶器のものです。実用性ばかりを考えないで、もっと陶器に目を向けてみるのも面白いものです。今では普通になった磁器の飯茶碗で食べるお米より、陶器の飯茶碗で食べるほうが余程美味しいと思うのです。 誰かがどこかでおっしゃっておられたのですが、「最近の日本人は一山100円で売っている機械生産の安っぽい茶碗で飯を食っているが、毎日使う茶碗に1万円かけたって、これは贅沢とは言わない。」 皆さんも今月は少し倹約をして、来月には自分が本当に「一緒に暮らしたい」、「この茶碗で毎日ご飯が食べたい」、と思える素敵な陶器のご飯茶碗を探しに行かれてはいかがでしょうか?今の私たちには、世界中のものを購入できるインターネットという強力な道具もあるのですから。 |