『周回遅れの映画評論シリーズ』
「悲しき雄カマキリ、食われても交尾したい?:映画Basic Instinct 2」


東京三菱銀行ワシントン駐在員事務所
所長 竹中 正治

【第1作、ベッドの上でアイスピックでめった刺し】

映画Basic Instinctt 2は、ご存知1992年のBasic Instinct(氷の微笑)の続編である。第1作では、シャロン・ストーンの演じる主人公の冷たくセクシーで挑発的な雰囲気が話題をよんだ。とりわけ、映画の冒頭で起こる殺人は、キャサリンが男性の両手をベッドに縛り付け、セックスしながら、絶頂の刹那にアイスピックでめった刺しにして殺すというセンセーショナルなものだった。一方、危険な誘惑と知りつつも彼女の虜にされて行く刑事役のマイケル・ダクラスはなんとも情けなく、彼女の怜悧で知的な役柄とコントラストになって、「男ってこんなに馬鹿なの…」という印象が強く残った。

第2作もモチーフは全く同様である。14年が経ち、40歳を越えたシャロンは頬がこけ、美貌は低下しているが、その分魔女的な感じになった。「40歳越えても、私、これだけ脱げるのよ」と誇示しているようにも見える。今回の彼女の「獲物」は犯罪心理学者マイケル・グラス(Michael Glass)である。映画の中で男の名前が第一作で競演した男優マイケル・ダグラス(Michael Douglas)をもじったような名前であるのは、偶然ではないだろう。前回作の共演者にひっかけたジョークである。

【診断:Risk Addiction】

シャロンが演じるキャサリンは過去の殺人事件で既に疑惑がもたれているが、証拠がない。今回、キャサリンは有名スポーツ選手とドラッグでラリッたまま、スポーツカーを暴走させ、海に飛び込む。彼女は脱出、男は自動車に残ったまま溺死する。 事故なのか、犯罪なのかが問題になる。法廷で精神分析医のマイケルは彼女の心理状態、動機について意見を求められ、“Risk Addiction”(危険嗜好、危険依存症)と分析する。 「全てのAddictionは累進的(progressive)であり、彼女のケースは危険嗜好が異常に高じ、相手を巻き添えにして、生死の際を楽しむ行為に彼女を駆り立てている」と診断する。しかし、殺意があったことの立証はやはりできない。

マイケルに目をつけたキャサリンは、彼のオフィースを訪ね、患者として診て欲しいと頼む。自分は彼女に不利な証言をしており、特殊な関係にあるから、担当することはできない、他のドクターを紹介すると言ってマイケルは最初は断る。しかし、結局彼女の誘惑にはまってしまう。後は第1作と同様で、彼女が仕組んだ殺人事件が次々起こり、マイケルは巻き込まれ、いつの間にか彼女の描いたプロットの一部に組み込まれてしまう。 最後は、マイケルがキャサリンの銃で反射的に刑事を射殺してしまい、「全ては彼の犯行だった」というプロットが完成する。駆けつけた警官らにマイケルは取り押さえられ、ラストシーンでは廃人となって終わる。

【男は所詮、雄カマキリ】

92年に第1作を見た時は、映画のタイトル“Basic Instinct”の意味が良く判らなかった。しかし第2作を見て明らかになった。 “Instinct”は「直感」ではなく「本能的衝動」の意味で使われているのだ。

要するに危険だ、罠だと感じつつも、美人でセクシーな女の誘惑から逃れられない男の性的衝動である。 同時に、そうした男性を自分の危険嗜好の餌食にしてしまうキャサリンという女性の「異常な衝動」の意味も重なっているであろう。 映画の中でキャサリンはやたらにタバコを吸う。主人公がタバコ中毒である設定は“Addiction” (嗜好、依存症)というこの映画のキーワードのひとつを象徴している。キャサリンという役柄のメッセージは明解だ。「男ってバカでしょ。私のような美人に、ちょっと『やらせてあげる』そぶりを見せられると、もうそれだけで落ちるのよね。」 まことに、マイケルは食われる危険を知りながら、メスと交尾する衝動から逃れられない雄カマキリの役を演じているのだ1

【この映画の不人気の原因分析】

ところで、第2作はえらく不評である。ヤフー映画サイトの人気評定で評論家も一般人もD+に評定している。私が思うに、不人気の理由は3つある。第1に、第1作と比べて、あまりに変化、発展がない。変化したのはシャロンの容姿の衰えだけである。全く同じパターンでは2匹目のドジョウもすくえない。これはPart2、続編の宿命、難しさである。 成功したPart2はすべて、第1作を上回るスケール・アップや意外性を仕込んでいるものだ。

第2にマイケルがはまって行く罠のプロットが粗雑過ぎて、リアリティーが乏しい。映画終盤、マイケルが現場に駆けつけた刑事を反射的に射殺してしまうシーンも、唐突で必然性が感じられない。映画の終盤近くでは、マイケルは被害者として自分の別れた元女房を含む一連の殺人事件の犯人がキャサリンだと確信するが、証拠がない。苛立つ彼は、キャサリンの家で彼女に挑発され、逆上して彼女の首を絞めて殺しかけるという愚行に出る。「おいおい、いくら逆上しているからとは言え、犯罪心理学者のすることかよ、愚かにもほどがあるじゃないか」と感じられる場面だ。その結果、私を含む男性観客の多くは、「いくらなんでも、男(自分)はここまでバカじゃないよ」と感じ、マイケルに自分を重ね合わせて見ることができない。従ってマイケルの情感を共有できず、粗雑なプロットにフラストレーションを抱くだけだ。一方、女性観客は、「40歳過ぎても、私はここまで脱げるのよ」という女優シャロンの誇示を感じて、いまいましく思うのではなかろうか。

第3に、第1作では餌食になる男性刑事に対するキャサリンの関係がもっと微妙で複雑な陰影があった。相手を単に誘惑して騙しているだけではなく、もしかしたらこれがキャサリンという特異な女性の異常な愛情形態なのかもしれないと思わせる節があった。しかし第2作では、そうした複雑な陰影が消えて、マイケルは誘惑され、騙されて、犯人に仕立て上げられるだけの哀れな存在でしかない。これでは男性としては実もふたもない。あまりに実もふたもないから、男性観客はマイケル役に自分を重ね合わせて楽しめず、従ってキャサリンのクレイジーでセクシーなイメージを楽しむこともできない。成功する小説や映画のひとつの重要な要素は、虚構の人物に読者や観客が自分を重ね合わせて、虚構の世界での様々な情念を共有できることにある。その時、観客は虚構を「リアルだ」と感じるのだ。

【「愛欲」の得体の知れない性質】

ところで今回の第2作では、女優シャーロット・ランプリングが共演し、マイケルの同僚の精神分析医として登場する。彼女は多くの映画に出演して来た名女優であるが、イタリア映画1973年「愛の嵐(英語タイトル:The Night Porter )」が私には最も鮮烈な印象を残している。ナチの軍服の黒いズボン、手袋、帽子だけを身につけ、半裸のシャーロットの映画ポスターに当時学生だった私の目は釘付けになってしまった。ナチの軍服とヌードの組み合わせが、ぞくぞくするほど挑発的なエロチシズムを放っていた。同じ経験をされた方は私と同年代の男性なら少なくないであろう。

ストーリーはこうだ。戦時中ナチの強制収容上でユダヤ人の若い女性(シャーロット)がナチの親衛隊の男の倒錯した性的愛玩物にされる。戦後長く経ってから、この二人が偶然再会する。双方が相手が誰であるかを認識した時、まず彼女は激しい拒否を示す。しかし、しばしもみ合った後に一転激しく求め合い、そのまま禁断の愛に溺れる。なぜ「禁断」かというと、彼女には既に夫がいる。更に元ナチ親衛隊の男は、今でも地下組織化した親衛隊の残党に属しており、この残党は戦時中の自分らの悪行の生き証人である彼女を葬る計画を立てたからだ。男は組織を裏切り、彼女と二人で隠れる。外に全く出られないアパートの隠れ家で二人が行き場のない愛欲に耽るという超ドロドロ級のラブ・ストーリーである。

かつて強制収容場で性的愛玩物にされた恨みが「愛欲」に転じるというストーリーは、愛欲というものの得体の知れない性質を示唆していて面白い。 恨み? いや、本当に恨んでいたのか? ここまで書いて、ハッと気がついた。人の愛欲の営みもまた相互的なAddiction(依存症)の一形態になり得るのだ。その男の愛欲の対象であり続けることだけが、強制収容所で生き延びる唯一のチャンスだった状況で、彼女もまた倒錯した愛欲の依存症に陥っていたと考えることができる。その後、このAddictionは封印されるが、偶然の再会により再び火がついたわけだ。

Basic Instinctの第1作では、自分の愛欲の対象をセックスの絶頂の刹那に殺してしまう衝動にキャサリンは取りつかれていた。そういうクレイジーな形は、Risk AddictionとLove Addictionの複合として考えることができそうだ。また、これほどの美人の愛欲の対象として殺されるなら、男としては「まあ、それもいいか…」という雄カマリキ的に倒錯した気持ちもあるかもしれない。ただし、行為がAddiction(依存症)として成り立つためには、反復性(習慣性)が必要である。雌カマキリに食べられてしまう雄カマキリは、悲しいことに一回限りの行為故にAddictionに耽ることすら許されない。嗚呼。

以上





1 カマキリの雌は交尾中、あるいは交尾後に雄を食べると言われている。しかし通常の自然環境下では、雄は雌の背後から近寄り、交尾を済ませると退散するので、食べられる確率は低いそうである。虫の飼育かごのように閉じられた環境だと、カマキリは動くものには何でも反応して捕食しようとするので、身体の大きな雌カマキリは雄を捕食の対象にしてしまうし、雄も逃げ場がないので、食べられてしまうケースが多いと言う。