『周回遅れの映画評論シリーズ』
「現代アメリカのカップル破綻事情:映画"The Break-Up"」


東京三菱銀行ワシントン駐在員事務所
所長 竹中 正治

【ブレイクアップの始まりはレモンの数だった】

6月に封切られた映画“The Break-Up”は、仲良く同棲していたカップルが、些細なことからすれ違い、衝突、喧嘩して分かれる顛末をコミカルに描いたラブ・コメディーである。ラブ・コメディーなど、私は普通あまり見ない。しかしプレビューでちらりとヌード姿を見せた女優ジェニファー・アニストンの魅力に惹かれてこの映画を見た。まあ、男の選好なんてそんなもんだ。

シカゴを舞台のこの映画、ゲリーは街の観光ガイドビジネスの共同経営者の1人、ブルックは美術商に務め、インテリアやアートにこだわりのある女性だ。野球場でゲリーはブルックに一目ぼれし、強引に口説き落として恋人となる。二人は共同で購入したコンドミニアムに住み、楽しい時代が続いた。しかしブレイクアップの兆しが忍び寄っていた。

ある晩、親しい友人ら数名を招いてホームパーティーを開く。料理の準備に追われていたブルックのもとにゲリーが帰って来たが、彼はど〜んとソファーに横たわったまま、TVを見て手伝おうとしない。ゲリーが買って来たレモンの袋を見て、ブルックは言う。「ああ、どうして?レモン12個買って来てと言ったのに、3個しかないじゃない!」「3個で十分だろう」とゲリーは言うが、ブルックはレモンをテーブルに積んで飾りにしたかったのだ。そんな些細な彼女のこだわりにゲリーはまるで無頓着で、理解しようとしない。招待客が来る前に「シャワーを浴びて着替えて来て」と彼女はゲリーに言うが、彼は面倒くさいと嫌がる。招待されたブルックの友人らともゲリーは調子を合わせず、うんざりしたような顔をする。

パーティーが終わり、後片付けを手伝おうとしないゲリーにブルックの怒りが爆発する。「どうして何も手伝ってくれないの!料理も片付けも、いつもみんな私がやっているのよ!」「おれ、一日外で働いてヘトヘトなんだよ。」「あなた、私が外で働いていないとでも言うの!」「片付けなんか、明日でいいじゃないか…。」「あたし、キッチンが汚いまま翌朝になるのって耐えられないの!」「わかったよ、片付けりゃいいんだろう…。」「ああ、それが嫌なの。なんで『自分で片付けたい』って思ってくれないの?!」 「▲×■××!」 (超概略的意訳です。)

ブルックはとうとうぷっつんしてしまい、「もう終わりにしましょ!ブレイクアップよ。これからは同じコンドミニアムに住んでいても、別々ですからね!」と宣言する。 ゲリーも意地を張り、TVゲームにのめり込んで、彼女を無視する。双方の友人らが「相手の言いなりになんかなったらダメよ。こう言う時は、こうしてやればいいのよ」とそそのかす。ブルックもゲリーが悔い改めるまで自分から折れる気は無い。TVゲームにのめり込んでいるゲリーのわきをわざと全裸で通ってキッチンまで飲み物を取りに行き、そのまま自室に戻ったりして挑発する。更に別の男性とデートのふりをして、ゲリーを悩ますが、ゲリーも意地を張り続ける。とうとう、二人の関係は修復不能状態まで悪化。もうコンドミニアムも売り払って、別々に暮らしましょうということになった。

この時点に至って、「本当にこのまま別れていいの?」という気持ちがまずブルックに湧き上がった。仲直りのきっかけにと思い、好きなコンサートのチケットを2枚買って、ゲリーも一緒に来ないかと誘う。ところがゲリーは来なかった。一人で見るコンサートは空しくて、楽しくない。家に戻って自分の部屋でブルックは涙ぐむ。 そこにゲリーが帰って来て、泣いているブルックを見て、動揺する。彼は後悔の気持ちが高まり、謝ろうとする。初めて“I love you”と口にした。しかし、ブルックは自分を1人にしておいてと言って、彼を部屋から追い出す。ようやく悔い改める気になったゲリーは、翌日自分で食事の支度を整え、部屋もブルック好みにきちんと整理して彼女を食事に誘う。ところが、一晩泣いた彼女の心はもう元に戻らない。かくして、コンドミニアムを売却し、ブルックはしばらくシカゴを離れ、二人は分かれた。

数ヶ月(?)を経て、ブルックは街に戻って来る。ゲリーは観光船の新しいビジネスを始めていた。偶然二人は街角で出会い、懐かしそうに話を交わす。「もしかしたら、この二人よりをもどすかな?」という余韻で映画は終わる。

こうやってスト−リーを再現してみると、まことになんとも他愛のないラブ・コメディーである。しかしこの種のブレイクアップ・ストーリーの人気は米国でとても高い。大雑把な記憶であるが、米国の離婚率は約50%である。つまり年間に結婚するカップルの半数の数の離婚するカップルがいる。婚姻届を出していない同棲も含めると実質的なブレイクアップ率はもっと高いかもしれない。だから米国社会はEX-wife、EX-husband、あるいは結婚前にブレイクしたEX-fiance、EX-novia達に満ちいる。だからブレイクアップを上手にストーリーに織り込めば、その映画は多くの観客の共感を呼び起こすことができる。喧嘩した、あるいは別れた夫婦が絆を取り戻すプロットも大変に人気がある。

【プロスナイパー同士の夫婦喧嘩】

例えば昨年の映画“Mr. and Mrs. Smith”は、人気俳優のブラッド・ピットとアンジェリナ・ジョリー共演によるアクション・コメディーで、喧嘩した夫婦が絆を取り戻すプロットをベースにしている。 男女二人のプロスナイパーが中南米の某国で「仕事中に」知り合い、そのまま恋に落ちて夫婦になるが、双方とも自分の稼業(プロスナイパー)のことはお互いに隠して夫婦生活を送る。ところが、ふとした行き違いから、相互に疑心暗鬼が生まれ始める。用心深くなくては生き残れない稼業だから無理もない。疑心暗鬼は「相手は自分を殺そうとしている」という認識に変わり、とうとう夫婦でマシンガンを撃ち放つ壮絶な夫婦喧嘩になる。 それでも、最後は刺客を送ってきたのが共通の敵であることに気がついて、夫婦二人が一致協力して銃撃戦を生き残り、めでたく夫婦の絆を取り戻すというハッピー・エンドになっている。

【夫:死の間際でも許せない敵】

1990年の映画「ローズ家の戦争“The War of The Roses”」は、夫婦喧嘩の末に、夫婦双方死に至る夫婦バトルである。正確なストーリーを憶えていないが、やはりささいな行き違いが高じて、ローズ夫婦は犬猿の仲となる。女房は料理研究家で、客を招いて自慢の料理をふるまおうとするが、すでに犬猿の仲となっていたダンナは、こともあろうかレンジの中の出来立ての女房の料理に放尿する。とうとう刃を投げ合うような夫婦喧嘩のあげくに、夫婦ともぶら下がったシャンデリアから落下して、双方瀕死となる。死の間際に、ダンナは愚かさを悔い、女房の肩に和解の手を伸ばす。ところが、女房は肩にかけられた手を払いのけて絶命する。

こんな最後まで一切の和解も救済もない夫婦喧嘩というプロットは日本の映画では見たことがない。米人の夫婦喧嘩は日本人の感性を超えている。

【最初の一撃:Kramer vs. Kramer】

このような夫婦喧嘩、離婚、恋人同士のブレイクアップを題材にした映画、ドラマは、勿論日本にも沢山ある。しかし、米国のそれは「質と量」で日本を遥かに凌駕している感じがする。1979年に封切られた「クレイマークレイマー(Kramer vs. Kramer)」は私の知る限り、このジャンルの「最初に一撃」である。ダスティー・ホフマンとメリル・ストリープが共演したこの映画、私は大学を卒業して間もない頃見た。

女房が突然、小学校低学年程度の息子をおいて家出してしまう。仕事一辺倒だったダンナ(ダスティー・ホフマン)は残された息子を抱え、テンテコマイの生活を始める。結局、幼い息子の面倒を見るために、仕事を犠牲にし、ライフスタイルを変え、ようやく父子生活が軌道に乗り始める。その時、音信不通だった女房から連絡がある。それは「息子を取り戻したい」という要求だった。ダンナは女房の要求を拒否し、女房は法廷に訴える。

当時20歳代で独身だった私はこの映画を見てあきれた。「米人女性はかくも我がまま、自分勝手なのか。」 この映画、夫婦が別れるに至る経緯をつまびらかに描いていない。ダンナは不倫も家庭内暴力もしていない。ただちょっと仕事一辺倒だったというどこにでもいるような男性だ。 にもかかわらず、女房は幼い息子を残してプイッと家出し、職を得て所得が安定すると、「息子を返せ」と法廷に訴える。私のような男性の視点からすれば、これが理不尽でなければ、世に道理はない。しかし法廷では「息子は母親と暮らすのが望ましい」という判決が下り、ダンナは限定的、定期的に息子と会えるのみとなる。

【Demanding American Wife:人類雌雄間の共進化の最終進化形態?】

私はこの映画が封切られてヒットした1970年代後半の米国を直接には経験していない。しかし、おそらくこうした離婚と子供の養育をめぐる係争が当時社会問題としての広がりを持ち始めたのがこの時期だ。その結果、「とんでもない時代になりつつある」という男性の危機感と、「女が男の言いなりになる時代は終わったのよ」という女性の意識の双方に、この映画はビ〜ンと訴えたのではないだろうか。 言うまでもなく、元々米国は日本よりも遥かに女性の権利意識は強かったが、1960年代までは米国も夫婦ダブルインカム世帯は現在ほど一般的ではなかった。70年代から急速に夫婦ダブルインカム傾向が強まり、90年代以降、それが米国の中間所得層、および低所得層の一般的な世帯形態となった。

日本でも米国に遅れてはいるが、離婚率は緩やかに上昇トレンドを辿り、夫婦ダブルインカム世帯の比率も増えている。 「ローズ家の戦争」のような悲惨な末路を辿らないためには、我が世代の男性諸兄も気をつけなくてはならない。 どうしたら良いだろうか? まずとにかく、「レモン12個」と言われたら、きっちり12個買わなくてはいけない。 パーティーの前には身綺麗にしよう。パーティーが終わったら、自ら進んで後片付けをしなくてはいけない。 女房の誕生日を忘れるなんてのは、万死に値すると覚悟しよう。

しかし怖いのは、人間関係には自己累積的な性質があることだ。すなわち、喧嘩をする場合でも、要求を受け入れる場合も、相手の攻撃も要求も共にエスカレートして行く傾向がある。 高い要求への適応は、相手のさらにより高い要求を生み出す。生物学ではこうした関係を「共進化」と呼んでいる。共進化には幾つものパターンがあるが、それが雌雄の間で展開されると、雌の雄に対する特定の選好はそれをクリヤーする雄の適応的変化をうみ、雌を巡る雄の競争が雌の選好を一層強化する。 こうして生じた変化は累積し、雄の孔雀の尾羽はかくも派手で大そうなものに進化し、尾長鳥の尾は引きずるほど長くなった。そして、人類雌雄間の共進化の最終進化形態は“Demanding American Wife”ということになるのかもしれない。

それでは、私の好きな歌の一節を引用して終わりにしよう。

聞きわけのない女の頬を
ひとつ、ふたつ、張りたおして
背中を向けてタバコを吸えば
それで、何も言うことはない〜。
♪ボギー、ボ〜ギー♪
あんたの時代は良かった。
男がピカピカのきざでいられた〜。
(カサブランカ・ダンディ:沢田研二)

以上