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![]() ![]() 『「田舎のねずみと都会のねずみ」、そして「日本のねずみ」』
財団法人対日貿易投資交流促進協会
私は、ワシントンを含むこの近郊の街が好きである。街には緑が多く、市内でも歩道を歩く人が少ない。フリーウェイも森の中を走る。ニューヨークには一度しか行ったことがないが、あの人の多さ、建ち並ぶ高層ビル、五月蝿いクルマのクラクション、どうも落ち着かない。やはりワシントンの方が落ち着く。古市 茂 そもそもワシントンは、アメリカの首都として計画的に造られた公園都市であるため、人工的にそう造られているんだと言ってしまえばそれまでであるが、それでもやはり緑が多く、目の前に空間が広がっていると言うことは、素晴らしいことだ。私は、田舎出身であるが故に、住む所にどこか田舎的なものを求めているのかもしれない。 知る人ぞ知る・福島県矢祭町 私の出身は、福島県の村里、矢祭町と言う人口7000人程度の町である。緑、と言うよりは、四方八方を山に囲まれ、その谷間には清らかな川が流れ、狭い平地には田園が広がっている。子供の頃は、夏になると毎日のように川に入って魚を捕まえて遊んだものだ。 私が福島県の出身だと言うと、決まって「福島のどちらですか?」と質問される。しかし、町名を名乗ったところでわかる訳がない。質問している方は、郡山市や会津若松市等の大都市を念頭に置いているのであろうから、「どうせ言ってもわからないですよ。」と答える。しかし、大抵「いいから言ってみて。」と更に詰められる。別に隠している訳ではなく、単に説明が面倒なだけなのだが・・・。そこで、一応町名を名乗る。ほらやっぱりわからない、そう思いつつ、「茨城県に接した県境の町で、いわき市と白河市との間くらいにある町です。」と、他県や他市まで持ちだして位置関係まで説明せざるを得なくなる。これまでの人生の中で、「やまつりまち」と名乗って理解してくれたのは、極一部の人とMicrosoft Wordの変換機能くらいである。 そんな町で私の実家は更に辺鄙な地域にある。最近では、日本の携帯電話のカバー率は人口の99.99%であるそうだが、私の実家は未だに圏外だ。携帯電話を使うためには3キロほど走って国道まで出なければならない。私の実家では、携帯電話という文明の利器は、アフリカのサバンナに落とされた空き瓶よりも使い道がない。 しかし、そんなちっぽけな町でも「ある筋」ではちょっとした有名な(悪名高き)町となっている。それは、総務省(旧自治省)のことであるが、数年前に人事院の研修で会った総務省の人に「いやぁー、こんな所で矢祭町出身の人に会えるとは思えなかった。」と苦笑されたことがある。と言うのも、この町は、全国に先駆けて「市町村合併しない宣言」や「住民基本台帳ネットワーク接続拒否宣言」をし、真っ向から国の施策に反抗したからだ。これは、フジテレビ系列やテレビ朝日系列の報道番組でも特集された。最近では、少子化対策として、3人目の子には出産祝い金として100万円、4人目には150万円、5人目には200万円を支給すると言う大胆な時限条例を制定し、また報道のネタを提供している。 だが、単に目立つことのみをしている訳ではない。象徴的に町長及び三役の給与を総務課長と同額まで引下げる等、歳出削減に取組む一方、役場に「自立課」を設置し、工場誘致や観光資源開発等、必死に町興しに努力している。町民も「行政ボランティア隊」を組織し、バス停のベンチ改修や図書館の本の整理等、町政を無償で支援している。 ハイブリッド都市・千葉県柏市 そんな田舎出身の私が、現在、住居を構えているのが千葉県柏市である。柏は、福島県の田舎から出てきた者からすると、都会的な賑わいと田舎的な安らぎを同時に感じさせてくれる街だ。市街地は活気があるが、市街地から10分もクルマを走らせれば、そこには田園風景が広がっている。柏は、田舎的な長閑さと都会的な活気を併せ持つハイブリッド都市なのである。 「柏市は東関東の渋谷だ。」と言うと、千葉県を首都圏と認めながらも自分たちとは一線を画したがる東京都民や神奈川県民は勿論、何故か埼玉県民まで「冗談だろ。」と言う顔をする。しかし、これは私の狂言や妄言などではなく、この言葉の生みの親は、「アッシー」、「メッシー」、「ジモティ」等の流行語を造語したマーケティング・コンサルタントの西川りゅうじん氏である。 数年前、西川氏と仕事をさせて頂いたことがあるが、西川氏は、その著書やホームページで、柏市のことを「勝ち組自治体の代表格だ。東関東の渋谷と呼ばれ、不況知らずの元気な街である。しかも、渋谷や六本木よりも安全で清潔。週末ともなると、松戸や野田など東関東の若者のみならず、船橋、市川はもとより、(各地から)若者が集まってくる。街の活気ではもはや渋谷を超えていると言っても過言ではないだろう。」と紹介している。私ですら少々気恥ずかしくなる程の褒めようだが、事実、柏駅の乗降客数は千葉県1位であり、JR東日本圏内でも15位だそうだ。柏駅周辺には、丸井、高島屋、そごう、ビックカメラ等の大型店舗が建ち並び、商店街にはお洒落なレストランや居酒屋も数多い。昼も夜も多くの若者で賑わっており、街には活気がある。 また、西川氏は、「渋谷では、他の地域から来た若者がいきなりギターを持って演奏を始めたら、チーマーに難癖をつけられたり、暴力をふるわれたりする可能性も高い。その点、柏は、来街者のみならず住民の街でもあるので、人の数は多くても、どこかホッとさせてくれる所を残している。」と書いている。事実、ストリートライブも盛んで、インディーズ系のミュージシャンを多く輩出している。しかし、西川氏が指摘するように、ファミリーの街でもあるため、夜でも安心して子供を連れて歩くことができる。また、子供を連れて居酒屋やカラオケボックスに入っても店員に嫌な顔をされることはない。 この「東関東の渋谷」と呼ばれる柏も、一朝一夕でできたものではない。JR線と東武線が乗入れ、周辺都市からのアクセスが便利であると言う地理的優位性もあるが、市役所と住民が一丸となって町づくりに取組んだ結果でもある。ストリートライブなど規制されがちであるが、むしろ市役所と地域ボランティア団体は、それを保護・奨励している。 自然が豊かな?トルクメニスタン共和国 私は数年前、国際協力銀行(JBIC)でお世話になったことがある。所属は開発4部2班で、私の担当は、旧ソビエト連邦の一部であったトルクメニスタン共和国とアゼルバイジャン共和国であった。皆様は既にご存知だと思うが、念のため位置関係を説明すれば、カスピ海の東側にトルクメニスタンがあり、西側にアゼルバイジャンがある。 私は、JBIC在職中に4回ほどトルクメニスタンを訪問した。この国は、終身大統領制をとっており、世銀等国際機関からは北朝鮮と同じような目で見られている。官公庁は勿論のこと、空港から市内に至るまでの道路沿いや、ホテル、レストランなど市内の至るところにニヤゾフ大統領の肖像画が飾られているのを見ると、そう見られても仕方がないと思う。また、首都・アシガバード市庁舎前の広場には、太陽に向かって両手を広げる黄金に輝くニヤゾフ大統領の像があり、太陽の動きに合わせて一日に一回転する。見物としては面白いが、あまり趣味の良いものではないと感じる。しかし、この「独裁体制」は、建前上は、国内の五部族代表と国民に嘆願されたものによると言う事になっている。つまり、大統領は国民的人気が高いと言うことらしい。 そんな「国民に慕われる」大統領が、国民の健康増進を慮って、アシガバード近くのほとんど木のない山に遊歩道を施設した。と言っても、国の予算で施設した訳ではない。あくまでも「自主的な」市民による寄付やボランティアによってである。全長50キロにも及ぶと言われる舗装された遊歩道を、アシガバード市民は4〜5カ月で仕上げたと言うから驚きだ。アシガバード市民は、「国民思い」の大統領に感謝し、皆「喜んで」歩いているらしい。 ある時、外国貿易銀行の次官が、その遊歩道に連れて行ってくれた。遊歩道の入り口でクルマを降り、遊歩道の階段を300~400メートル上がった所で息が切れた。それでもなんとかあと数百メートル上がり、最初の展望台まで辿り着いた。そして、そこで私は同次官から思いもよらない言葉を耳にした。「私は、この国が好きなんです。なぜなら、自然に恵まれているからです。」 しかし、私の視覚に入ってくる風景は、スプリンクラーまで敷設して無理やり植樹した小さな木々と平野に広がる一面の土漠地帯である。水に恵まれていないため、自然の木は数少ない。アメリカで言えば、西部劇で出てくるような荒野である。確かに「自然」には違いはないが、通常我々が想像する自然とは大きく懸け離れていた。しかし、その言葉に、私は、私から見れば多くの面で価値観が異なるが、彼の自国に対する誇りと愛情を感じた。 田舎のねずみと都会のねずみ 昔、幼い頃に読んだ絵本の中で、イソップ物語の「田舎のねずみと都会のねずみ」という物語があった。記憶は定かではないが、田舎のねずみと都会のねずみがお互いに訪問し合い、幸せは自分の住み慣れた家にあると再確認するものであったように思う。 私は、出張等で海外に出る度に、日本の良さを再認識する。とてもトルクメニスタンやアゼルバイジャンでは暮らせない。まず食が合わない。いつも出張の際には、日数分のカップ麺を持参して行ったものである。その点、アメリカはさすがに先進国だけあり、落ち着いて生活ができる。お金さえ払えば何でも手に入るし、美味しい食べ物も何でも食べられる。道路事情は日本よりも良く、クルマさえあればどこに行くにも便利だ。しかし、やはり、日本に帰る度に、どこかホッとするものがある。そして、その度に、つくづく自分は「日本のねずみ」なんだと再認識するのである。 「美しい国」へ その日本で新しい政権が誕生した。安倍新総理が政権公約に掲げているキーワードが「美しい国、日本」である。安倍総理の言う「美しい国」とは、当然ながら自然環境に限った美しさを指しているものではない。国民の価値観、態様、様式、意識等も含むものであろう。日本の報道番組・ワイドショー等を見ていると、具体性がないなどと批判する向きも多いが、私としては、保守政治家らしい言葉だと素直に好意的に見ている。 美しい日本の基盤は、美しい矢祭や美しい柏などの地方にあるのであろう。しかし、その反面、美しい日本なくして美しい矢祭も美しい柏も安定的に存在し得ない。安倍総理には、是非とも、「日本のねずみ」達が日本においてただ安楽や享楽のみを追求するのではなく、先人から継承した日本の良さを再認識し、自分達が「日本のねずみ」の一員であることに誇りを持ち、その国を未来の世代に引き継ぐという責任を自覚できるような、「美しい国、日本」を再構築して頂けることを期待したい。 (おわり)
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