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![]() ![]() 『周回遅れの映画評論シリーズ』 「小さな英雄伝説:アニメ映画"Ant Bully"」
東京三菱銀行ワシントン駐在員事務所
【古今東西の英雄伝説の共通性】所長 竹中 正治 前回の映画評論「スーパーマンの愛と孤独」で、スーパーマンとイエス・キリストのイメージの類似性を指摘したCNN掲載の映画評論"Jesus Christ Superman"を紹介した。母星クリプトンが滅んだ後も「息子よ、私は地球の人類を正しい道に導くために、おまえを地球に送ったのだ」と魂に語りかける父とスーパーマンの関係は、主とイエスの関係をイメージさせる。レクスら悪党がクリプトナイトのために力を失ったスーパーマンを袋叩きにするシーンは、さながらイエスの受難である。スーパーマンがクリプトナイトの毒に再び犯されながら、巨大なクリスタル島を岩盤から切り離し、両肩に担いで大気圏外に放つシーンは、重い十字架をかついでゴルゴダの丘に登るイエスのイメージと重なる。そして力尽き大気圏外から地上に落ちて昏睡状態となったスーパーマンは、「この子はあなたの息子です」というロイスの告白を契機に復活する。これにイエスの復活のアナロジーを感じないアメリカ人はいないはずだ。 しかしこうした表向きの類似、アナロジーにもかかわらず、この映画から宗教的な含意を抽出しようとするのは的外れだと述べた。事実はむしろ逆さまなのだ。すなわち、今日語られているイエスのイメージには、古今東西の多くの英雄伝説と共通する要素を盛り込まれているのだ。古今東西の様々な英雄伝説には共通して「ヒーローの使命、試練・苦難、復活」の要素が盛り込まれている。今回はこの話の続きである。 【小さな国の小さな英雄伝説、映画"Ant Bully"】 今年の夏に放映された子供・家族向き映画“Ant Bully”は「小さな国の小さな英雄伝説」である。「そんな映画おもしろいの?」と首をかしげる息子を私は説き伏せて、家族で見た。小学生のルーカス君は背が低く眼鏡をかけたひ弱い感じの小学生だ。「ヒーロー的な容貌」からかけ離れている。最近引っ越して来たばかりで、まだ近所に親しい友達もいない。そればかりか、地元のボスガキに格好のいじめターゲットにされてしまう。ルーカスはいじめられた鬱憤をたまたま家の庭にあったアリの巣に向ける。アリの巣をほじくり、水をかけ、踏み潰し、虫眼鏡のレンズで焼く。アリ達は彼を"destroyer"と呼んで恐怖する。 ところがアリ社会の若い魔法使いが生物の大きさを縮める魔法薬を発明する。アリ達は夜中に寝ているルーカスのベッドに忍び込み、薬を注ぐ。アリの大きさに縮んだルーカスはアリ達の世界に連れていかれ、女王アリの前で裁判にかけられる。到底許してもらえないような状況だ。ところがアリの魔法使いの恋人のメスアリが、「ルーカスにチャンスを与えましょう」と提案する。彼がアリの世界を理解し、共感を得られる存在に変貌できるならば、許してやろうというわけだ。 こうしてアリ社会でのルーカスの試練が始まる。アリと同じ大きさでは彼はひ弱で、アリのように重い荷物を運ぶことも、垂直の崖を上ることもできない。彼の助願をしてくれたメスアリに助けられながら、ルーカスの試練が続く。アリ達の社会には代々伝えられた伝説があった。殺戮と破壊をもたらす悪魔の到来と、最後に7色の光と共に現れてふんだんな食料を与えてくれる天使の存在が伝説では予言され、その悪魔と天使の姿が巣の内部の壁面に描かれていた。その描かれた「悪魔」の姿を見てルーカスは、アリ駆除の業者がやってくることを想い出す。正に悪魔の到来である。このままではアリの巣は壊滅する。 ルーカスとアリ達は虫駆除業者から巣を守るために、それまで敵だったスズメバチらと共闘する。ルーカスとアリの突撃隊はスズメバチの背に乗り、編隊を組んで虫駆除業者に立ち向かう。しかしスズメバチ編隊は、殺虫スプレーでバタバタを撃墜されてしまう。ルーカスの乗ったスズメバチも地面に落ち、動けなくなる。同乗していたメスアリもハチの下敷きになって動けない。ルーカスは動けなくなったスズメバチを起こして助けようとするが、彼の何倍もの大きさがあるハチの胴体は重くて動かせない。殺虫スプレーのガス雲が目の前に迫った時、ルーカスはかつてない力を発揮した。ハチの胴体を抱え上げ、メスアリを救い出して、ハチを抱えたまま垂直の壁すらよじ登り、仲間のもとに駆け戻ったのだ。 ルーカスはこの後、一計を案じ、アリの魔法薬をハチの針に塗り、虫駆除業者の尻めがけて決死の一撃を加える。魔法薬は僅かだったが、薬の効果で子供の大きさに縮んでしまった虫駆除業者はびっくりして退散した。こうしてアリ社会の落ちこぼれだったルーカスは一躍「救世の英雄」となり、魔法薬の解毒剤をもらって人間の大きさに戻った。人間社会に戻ると、ルーカスをいじめのターゲットにしていたボスガキが子分を引き連れて、早速ルーカスをなぶろうとする。しかし、アリ社会で「救世の英雄」となったルーカスはもはやひ弱なチビではなかった…。 もうお判りだろう。「小さい世界の小さい英雄伝説」とも言うべき、この現代のアニメ"Ant Bully"も、ヒーロー伝説の要素「試練・苦難、使命、復活」の3要素で描かれている。試練・苦難は人間社会でボスガキのいじめに遭う苦難と、アリ社会で経験する試練が二重になっている。そしてアリ社会でアリ達と親しくなると、アリ社会の救済が自らの「使命」であることに覚醒する。そしてアリ社会から人間社会に戻ることが「復活」である。復活を果たした彼は、姿こそ変わらないが、もはや前のひ弱なルーカスではなくなっているというわけだ。 【古事記:地下世界から戻って王者となった大国神の英雄伝説】 現代のアニメ映画"Ant Bully"と類似した要素から成る英雄伝説が古事記にある。大国主の物語だ1。大国主は元々オオアナムヂと呼ばれ、八十神の大勢の異母兄弟に囲まれて、虐待されるひ弱な存在だった。八十神は、因幡の国のヤカミヒメに懸想して求婚のための旅に出る。この時、オオアナムヂは八十神の荷物担ぎをさせられる。旅の途中でワニに皮を剥がされて苦しんでいた兎に八十神は嘘の治療法を教え、傷が悪化した兎は泣き苦しむ。後から通りかかったオオアナムヂは正しい治療法を教え、兎を救う。兎は「ヤカミヒメは八十神ではなく、あなたを選ぶでしょう」予言する。そうすると予言の通りになった。 この後、怒った八十神にオオアナムヂは2度にわたって虐殺されるが、母神の力で甦る。それでも執拗に八十神が彼の命を狙うので、母神の言葉に従って、オオアナムヂは地下の根の堅州国に住む偉大な祖先の神、スサノヲのもとに行く。スサノヲの娘スセリビメはオオアナムヂを一目見て心を通わせ夫婦となる。しかし父スサノヲは強烈な厳父で、容易に許さない。3度オオアナムヂを殺そうとするが、彼はスセリビメから呪力のある護符をもらったりして生き延びる。意を決した二人はスサノヲが寝ている間に、スサノヲの太刀、弓矢、天詔琴を持って逃げ出す。目を覚ましたスサノヲはもの凄い形相で後を追うが、二人は既に遠くに逃げていた。遥か遠方を姫と共に逃げて行くオオアナムジに向ってスサノヲは大声で叫びかける。 「おまえが持っている太刀と弓矢で異母兄弟達を成敗し、これより後は大国主と名乗り、我が娘を正妻とし、高天の原にそそり立つ宮殿を建てて住め。この奴!」(要旨のみ) 自分の娘を奪って行く若者に対する父親の屈折した感情は今も昔も変わらないようだ。スサノヲは若者(オオアナムヂ)に対する自分の「嫉妬」を克服して「祝福」に転じた。こうして地下の国から戻り、大国主となった彼は八十神を制圧し、偉大な神として国を統治した。 大国神の物語は、話の大半は想像を超える「試練・苦難」の連続である。「復活」は八十神に2度殺されての復活と、地下の国から現世に戻る復活とが二重に登場する。「使命」の要素はちょっと判り難い。古事記の世界での「神」は「統治者」である。八十神は兎に嘘の治療法を教えて苦しませるような残虐な統治者だった。それに比べて兎を救ったオオアナムヂは善良な心を持った統治者である。そう考えると、結局、残虐な統治者らの一掃と新しい治世の開始がオオアナムヂの担った使命だったことになる。 この大国神の物語の一部、「因幡の白兎」は日本人なら誰でも知っている物語である。ところが、大国神の物語の全体は、こんなに面白い英雄伝説なのに、私は小中高学校を通じて学校の教科書で見たことがない。残虐なシーンがあるから、教科書編集者に敬遠されているのだろうか。だとしたら、浅はかなことだ。 私には「源氏物語」なんかよりも遥かに面白い物語に感じる。 オオアナムヂがスセリビメの父スサノヲから残虐な試練を受けて、最後に姫と駆け落ちするストーリーは、芥川龍之介が「老いたる素戔嗚尊」で現代的な文章とモチーフで描いている。私は教科書ではなく、芥川龍之介のこの短編小説で初めて大国神の物語の全体を知った。 【勇気に目覚めたルーカスとアリ達の予言の成就】 さて、映画"Ant Bully"で、地下のアリ社会から戻ったル−カス君のラストシーンはどうなったか。アリ社会で「救世の英雄」となったルーカスはもはやひ弱なチビではなかった。「このやろう、チビの分際で俺様に逆らうのか」とすごむボスガキ相手に、ルーカスはたじろがずに言い返す。「ああ、ボクは小さい。ボクらは小さくても力を合わせれば強いんだ!」 自信に満ちた姿に変貌したルーカスの気迫にボスガキは圧倒される。気がつくと、それまでボスガキの暴力を恐れてへつらっていた子分たちが、ルーカスの側に立っている。ボスガキは怖気づいて退散した。最後にルーカスは、アリ達に7色のジェリーを降り注ぐ、自分に試練と勇気を与えてくれた小さなアリ達に感謝を込めて。アリ達の予言は成就したのだ。 以上 1 高校時代に古文が好きでなかった私には古文表記の古事記は扱い難い。物語の粗筋は以下の図書に依存した。「神と悪魔の神話学」吉田敦彦、青土社 |