『390』


(財)運輸政策研究機構
平岡 成哲

3年の赴任期間なので、あと1年半あまりで早くも帰国となるが、それまでに仕事以外で達成したいと密かに思っていることが2つある。(こう書いてしまうと、全く密かなことではなくなるのだが。)1つは、全米50州のうち、ハワイを除いた49州を訪問することである。これまでワシントン赴任になった方でも何人か50州制覇を達成された方がいらっしゃると聞いている。せっかくワシントンに赴任になったのだから、アメリカの各地にはできるだけ訪れたいと思っている。(こう書くと、どうせ何もないのだから、そんなのやめて休みはヨーロッパに行った方がいいよと言われそうだが。)何をもってある州に「行った」とするかには、いろいろなカウントの仕方があると思われるが、私の場合には、一応その州のどこか特定の場所を訪問することをもって「行った」とカウントしている。従って、空港で降りるだけとかドライブで通り過ぎたというのはカウントしないことにしている。前回滞在時は学生だったので長い夏休みを活用して、2ヶ月をかけて2万マイルのドライブ旅行をしたため、現時点であと2州となっている。2州とは、ルイジアナとオクラホマである。このことを知り合いのアメリカ人に話をすると、「ルイジアナはともかく、オクラホマは行かなくても行ったことにすればよい。どうせ何もないのだから、行かなくても行ったのと同じことだ。」との答えが返ってきた。確かにそんなところに何を見に行くのかと疑問に思われるかもしれない。

そこで2つ目の目標の話になる。それがタイトルにある390である。390といっても何とか通りの390番地にあるレストランのことではない。390は、アメリカのNational Park Service(NPS)が管理する公園のUnitの数である。NPSが管理する公園には、いくつか種類があり、YellowstoneのようなNational Park(いわゆる国立公園)のほかに、これに継ぐNational Monument、歴史的事件の跡地や歴史的建造物などを残すNational Historical ParkやNational Historic Site、南北戦争の跡地などを残すNational Battle Field、自然保護とレクリエーション活動との両立を図るNational Recreation Areaなどがある。ワシントンで言えば、Washington Monument, Lincoln Memorialなどのモニュメント、White HouseなどがNPSの管理するUnitに当たるが、これ以外にも皆さんが日々通勤で利用されている、George Washington Memorial ParkwayやClara Barton ParkwayもNPSが管理している。(従って、このParkwayでスピード違反をした場合には、StateやCountyの警察ではなく、National Park Policeに捕まることになる。)ちなみにNational MallもUnitの1つになっている。NPSが管理している公園Unitに多くの人に関心を持ってもらうという趣旨で、NPOであるEastern National Park & Monument AssociationがNPSと提携して、パスポート・プログラムというものを行っている。例えば、国立公園に行かれたときに、子供たちが公園内の書店やVisitor Centerでスタンプを押している光景を目にされたことがあると思うが、このスタンプをパスポートと呼ばれる小冊子(最近ではこの大型のエクスプローラーというのが発売されている。)に押し、多くのスタンプを収集するのがパスポート・プログラムである。

スタンプは子供が集めるものだとお思いのお父さん、お母さん、実は大人の方がはまるのです。実は私もその一人である。このスタンプ集めも奥が深く、National Park Travelers Club (NPTC)(http://www.parkstamps.org/)という全米組織まであり、多くのアメリカ人がこのスタンプの収集に情熱を燃やしている。今のところ、現会長のNancy Bandley氏も含めて5名が全Unit制覇の栄に輝いているようである。NPSが管理する公園Unit数の390とスタンプの数は一致せず、スタンプの数の方がはるかに多い。通常スタンプはVisitor Center、Ranger Station、Book Storeなどに置かれており、置かれている場所によって、スタンプの場所を示す印字の部分が違っていたりする。また、一部のRanger Stationなど夏季しか空いていないところもある。この他、例えば、Clara Barton ParkwayやGreat FallsはGeorge Washington Memorial Parkwayの一部となっているものの、スタンプはそれぞれGeorge Washington Memorial Parkwayとは別に用意されている。また、公園指定100周年記念などの記念スタンプが作成されることもある。さらには、公園Unitとは別にNational Trail, National Heritage Areaなるものが指定されており、それについてのスタンプも別途置かれているほか、Bureau of Land Managementなどが発行する別スタンプも存在する。スタンプによってこのような違いがあるため、NPTCでは常時会員からスタンプ情報を募り、Master Listというものを作成し、更新している。このため、このMaster Listなるものがあれば、どの場所にどのような印字のスタンプがあるのかが分かるようになっている。従って、NPTCの会員の方には、Unit訪問では飽き足らず、スタンプ収集に力を入れている方もいる。私は、到底そこまではできないので、Unit訪問の証拠としてスタンプを集めることとしている。

しかし、このスタンプ集めも一筋縄ではいかない。そもそもNPSのUnitになるようなところは、とんでもない僻地であることがままある。アメリカの僻地は半端ではない。アラスカのWrangell-St. Elias National Park(因みにここはYellowstoneよりも広い全米一広いUnitである。)を訪れた際は、道路でのアクセスが、昔の鉄道軌道跡地に土をかけただけで、レールのスパイクがそこここに散らばったでこぼこ道しかなく、これを片道3時間かけて行かなければならなかった。案の定、乗っていたレンタカーは往復ともパンクとあいなった。しかも駐車場からParkの中心にたどり着くためには、白濁の急流の上を一人ずつ、手動ケーブルカーのようなものに乗り、ワイヤーを自分でたぐりよせて渡らなければならなかった。また、同じアラスカのKatmai National Parkに行ったときは、Anchorageから飛行機を2つ乗り継ぎ、水上飛行機で湖に着陸しなければならなかった。ここはグリズリーが河を遡上する鮭の狩りをするところで有名なのだが、Visitor Centerで熊に出会った場合にはどう対処するかという講義を30分程度受けなければ、公園内の散策は許されなかった。しかし、実際には熊には一切会えず、すっかり弱りきって河を上る元気のない“へたれ鮭”しか見えなかったという寂しい結果に終わってしまったこともある。いずれも前回留学時の経験である。この他、せっかく訪問したものの、あまり訪問客がいないため、RangerさんがRanger Stationを閉めてどこかに行ってしまったため、失意のうちに帰宅し、後ほど、手紙で事情を説明し、当日の日付のスタンプを同封の白紙に押して返送してもらったこともある。Visitor Centerを訪れたものの、スタンプが壊れて修理に出されており押せないため、連絡先を残し、後ほど送ってもらったこともある。また、Visitor Centerに到着したときには、終了時刻を2分ほど過ぎていて、鍵を閉めて、車に向かっているRangerさんを引き止めたことや、Visitor Centerに到着したときには終了時刻を過ぎており、引き返そうとしたところ、忘れ物を取りにRangerさんが帰ってき、彼にVisitor Centerを空けてもらってスタンプを獲得したこともある。

私が未踏のルイジアナやオクラホマにも当然NPSの管理するUnitがあって、私にとってはこれらの州を訪問しない理由がないことはないのである。しかし、390を達成するのは至難の業である。数が膨大な上、アラスカの僻地や太平洋のサモア島まで訪れなければ、達成できない。アラスカの僻地の公園に至っては、アクセスがエアタクシーに限られる上、公園内は全く人の手が入っていないので、訪問するためには、それなりの装備を備えた上で、熊に出会ったときの対処の仕方をマスターし、コンパスと地図を正確に読み取ることができ、何もないところに穴を掘ってトイレの処理も行うこともできなくてはならない。というように非常にハードルが高く、ごく普通の日本人である私には到底無理な話である。390は無理としても、10年前の全米一周旅行のおかげで、今現在(2006年10月末現在)で315まで訪問しているので、350くらいまでは訪問できないかなあと思っている。

NPSのUnitを訪問していけば、ルイジアナもオクラホマも訪問することができ、第1の目標の方は達成できそうである。その際にはハワイだけが残ることとなる。私の妻は、独身時代に既にハワイに行ったことがあるため、私より先に全米50州訪問を達成することとなる。全米50州訪問は私のアイデアであったので、何か釈然としないものがあるが、いろいろと全米各地、日本人がなかなか訪れないようなところ(訪れないのにはそれなりの理由がある?)に引っ張りまわしている手前、全米50州訪問を先に妻が達成することに文句を言えた義理ではない。