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![]() ![]() 『アメリカ産牛肉を食べますか?』
NHKワシントン支局・飯田香織
「ほらね、言ったでしょ?アメリカ産は豚肉だけ。牛肉はないのよ」と満面の笑みを浮かべて説明する母。一時帰国の際に地元・名古屋の大手スーパーで両親と食肉売場を「視察」した時の言葉だ。確かにスーパーでは、「オーストラリア産牛肉」がご自慢気に並んでいる以外は、すべて国産。「アメリカ産が再び輸入されても、安全性で高い信頼を勝ち得ているオーストラリア産は負けない」というシドニー支局長の解説を思い出してしまった。百貨店に行っても100グラム1000円から2000円の和牛がずらり。取材で訪れたカンザスの食肉処理施設の品質管理責任者ウィルや、モンタナのカウボーイのジムたちの「日本の消費者は、アメリカ産牛肉を受け入れてくれるに違いない」という力強い言葉とは反対に日本ではなかなか受け入れられていない。ワシントンに戻ってきてジョハンズ農務長官に会った際、「日本ではアメリカ産牛肉をまったく見かけませんでしたよ」と申し上げたところ「そうなんだぁ」とちょっとがっかりした様子。ところが、その後、オンカメラで質問した際には「アメリカ産牛肉は、扱っている店ではよく売れている。最大の課題は、日本の消費者が買うか買わないかという反応以前に、我々が十分に供給できるかどうかだ」ととっても強気。いやいや、やっぱり日本の消費者の信頼を回復しないと、供給に見合う需要が生まれないと思うのだが、まぁそこはアメリカの閣僚のこと。何事もポジティブ・シンキングだ。 去年12月、ニュースでアメリカ産牛肉の輸入再開を知った母から電子メールで「最後通牒」を受け取った。「お母さんは、アメリカ産牛肉を食べません。買いません」。日本政府が要求している基準がほかの国が求めているものよりも厳しいことなどを説明しても、最近、目にも止まらぬ早さで携帯電話からメールを打てるようになった母から即刻返事が来て「お父さんは食べたいと言っていますが、お母さんは買いません。まわりの人たちもみんな食べないと言っています」。みんな?それは深刻だ。 その後、ことし1月20日には、特定危険部位が輸入牛肉に混入するという腰を抜かしそうになった出来事が発生。この結果、「牛肉取材」は長期にわたった。その中でいくつか学んだことがある。 <ルールその1> お気に入りのマフラーをして食肉処理施設に行ってはならない。 白衣にゴーグル、長ぐつに身を包んで朝から晩まで、それも2日にわたり食肉処理施設の撮影をしたことがある。ミート・パッカーの朝は早い。午前5時には枝肉の格付けを始める。あまりの寒さにマフラーをぐるぐる巻きにして、気温マイナスまで冷えた貯蔵庫に臨んだのは良いが、結局、この毛糸のマフラーとおそろいのブルーの手袋は、血なまぐさい匂いがとれず、空港でごみ箱行き。「完全に血抜きをしないと肉に臭みが残る」と聞いたことがあったが、あまりの異臭に納得。 貯蔵庫では、ぐるりと見回すと、「USDA」と書かれたヘルメットをかぶっている人と何もかかれていないヘルメットをかぶっている人に分かれている。前者は、農務省の検査官。インタビューに応じないどころか、企業側は「USDAの人は撮らないで欲しい」という。日本と同じで、官への気遣いは明らかだった。ところが、“本省”に掛け合うとインタビューもOKだと言うのだが、いかんせん内部の意思疎通が悪く、結局実現しなかった。 <ルールその2> 食肉処理施設で特定危険部位の細部の撮影は避けよう。 施設では肉牛が牛肉になるまでの過程を取材し、「BSEの異常プリオンが蓄積しやすい特定危険部位」のせき髄が吸引機でぴゅーと吸い取られていく様子も撮影した。本邦初公開だわ、とにんまりしたのもつかの間。東京のデスクに「気持ち悪くて朝のニュースでは使えない」と言われ、その部分だけ放送を却下された。そもそも「特定危険部位が適切に除去されているかどうかが焦点」だったので、撮って来たのに。なぜか夜のニュースでは同じ映像が使われたので、朝見ると気持ち悪いけど、夜見ると気持ち悪くないということのようだ。 <ルールその3> 食肉処理施設に行くときには体重増加を覚悟しよう。 肉牛の解体の様子を見てしまうと、きっと2度とステーキが食べられない。そう思って、取材の前夜はカメラマンと張り切って地元のステーキを食べに行った。翌朝、「きのうレストランでステーキを食べた」と説明すると、副社長に”Most restaurants don’t do us justice”と言われ、カメラマンと一緒にお宅に招かれた。バーベッキュー・グリルで焼いて塩コショウしただけの簡単な料理でおいしかったけど、とにかく大きい。しかし招かれた以上、残すわけにも行かない。全米の施設の査察をした日本政府の方々も薦められれば食べざるを得ないだろうなぁと思って、いたく同情した。結果的には、「苦労して加工されている」と分かり牛肉をよりおいしく食べられるようになった。我が家には体脂肪も瞬時に測れる高級体重計があるのだが、取材から帰宅し恐る恐るのってみると呆然。食肉処理施設に行く際には覚悟が必要なのだ。 <ルールその4> 牛肉の現場では「逆取材」に向けて心の準備をしておこう。 モンタナ州の肉牛生産者の取材に行き、タウンミーティングの様子を撮影した時のこと。参加者が揃いも揃ってカウボーイ・ハットにカウボーイ・ブーツのいでたちなので「日本のテレビを意識しているのかしら?」などと真剣に観察していたところ、どこからともなく地元新聞の記者が登場。この人はなぜか足元はスニーカー。「なぜ、日本は私たちの牛肉を買わないのか?」「なぜ安全でないと言うのか?」などと、けっこうしつこい。ワシントンから各地に牛肉取材に出向いたほかの社の記者から「翌朝新聞にけっこう大きく載った」という話は聞いていたので、精一杯丁寧に応対。翌朝確かにちらりと紹介されていた。その記事を見たのは、地元のダイナーで朝食をとっている人たちの取材に行ったとき。そこでは我慢できず、テーブルクロスをまくりあげてしまった。あら、びっくり。みな、カウボーイ・ブーツを履いていた。あれっていつもの装いなのね。 <ルールその5> アメリカの消費者の意見も聞いてみよう。 日本でテレビニュースを見ると、食肉売場をバックに「いやぁアメリカ産牛肉はこわいわ」「やはりちょっと・・・」と答える消費者。これって日本のニュースの定番だが、アメリカでは見たことがない。そこで、ふと思い立って、カメラマンとSafewayに行き「アメリカ産牛肉は安全だと思うか?」とマイクを突きつけてみた。アメリカでBSEが見つかっていることや当時、日本などが輸入禁止をしていることはみな知っているのだが、「自分は食べる」と口を揃える。日本のコメのような意識でとってもプライドを持っているのだと思うが、どうもUSDAに対する信頼も抜群に高いのだ。ドラマThe West Wing(日本では「ホワイトハウス」)のエピソードの中で(調べたらセッション3)、アメリカで初めてBSEに感染した疑いのある牛が見つかり、政権が右往左往するという場面があった。しかし、実際に発生してみたら牛肉の消費量はむしろ伸びたのであった。とにかく日本とは文化が違うというか、消費者の意識が違う。 冒頭に登場した私の母。ワシントンでステーキ店に行った際「大丈夫かな?」「本当に安全?」と娘に何度も念押ししたあと、深呼吸を一つしてステーキにぱくり。結局、「おいしいね」と言って食べて帰った。それでも、日本では一度も食べていないらしい。 追伸)この原稿を書くにあたって、母に改めて地元スーパーに視察に行ってきてもらい、状況に変化がないことを確認。おまけに「私が見るところ、アメリカ産が入る余地はない」と厳しい評価を付け加えてきた。一方、オレンジの看板がまぶしい大手牛丼チェインは12月から毎日昼食時間帯のみアメリカ産牛肉を使った牛丼を再開する、とか。 |