『女性のための予防医学』


内科医師 ハンター紀子

10年毎にある、アメリカ内科医認定国家試験を昨年の11月14日に受けた。それに備えて、暇を見つけては勉強をするつもりではいたが、とにかく暇のない生活をしているので、勉強もせずに10年があっという間にたってしまった。

この10年間の私の人生は180度転換し、勉強時間など、努力して搾り出す必要のなかった10年前の私から、子育て、仕事、家事に髪振り乱す中年オバサンの私になってしまった。

しかしそんな中年オバサンの私でも、国家試験への準備は否応なしにしなければいけない。忙しい一日が終わるのは夜の11時過ぎだ。さて勉強と本を開いても、読む気力は全くおきない。こんな調子だから、試験日はどんどん近づいて来るのに、肝心の勉強は全くおろそかになって行った。

こういう訳で、試験勉強に専念するため、1ヵ月のホテル住まいを強いられる羽目になった。子供も仕事もほったらかして、朝5時から、夜の12時までと言う、強行手段をとった。甲斐あって、試験はパスしたが、10年後に又来る再試験。10年後の私はどうなっているか解らないが、もうこんな地獄は勘弁して欲しい。

もう随分前に、地元の婦人会から、女性向けの医学セミナーをしてくれと頼まれていたのだが、この試験のためにセミナーの1日前まで全く用意なしの状態になってしまった。1ヵ月試験勉強でホテル詰めだったことを考えて、またまたホテルでの一夜漬けで、やっとセミナーのプリントを完成させた。今回は、そのプリントを出させていただく事にした。

今まで会報にいろいろ記事を書かせていただいたが、医学関係の記事が全くないので、本当に医者なのかと、疑う方も多くいらっしゃったかもしれない。これで疑いが晴れるかもしれないなどとの下心もあるが、参考にしていただければ、幸いだ。医学用語として、きわどい語彙が使われているが、ご理解のほど。

子宮頸癌(Cervical Cancer)

ほとんどの場合、ヒトパピローマウィルス Type 16 とType 18(Human Papilloma Virus) によるウィルス感染から、細胞変化により癌になる。喫煙、避妊ピルの服用、ヘルペスなどの性病の病歴、複数のセックスパートナー(特にパートナーが以前に子宮頸がんや、性病のある女性と性交渉があった場合)、パートナーにペニスの癌がある場合などが、癌の原因になる可能性を高くする。初期に発見されれば、100%完治可能。症状が無いので、定期健診が必要。

予防対策:性交渉を始める時期から一年に一回、子宮頸がんの検診(Pap Smear:パップスミア)を受ける。従来のスライド様式より、THIN PREP (シンプレップ)様式(細胞を液体に移して、血液やバクテリアの余分な要素を取り除いてから、子宮頸の部分からの細胞だけを検査する)の方が、正確な結果を得る事ができる。HPVによるがん細胞への変化が原因なので、取った細胞から、HPVの遺伝子検査、抗体検査も可能。今年認可されたワクチン(HPV Vaccine : GARDASIL−3doses, 1st dose, 2nd dose in 2 months, 3rd dose in 6 months)の対象年齢は9歳から26歳(性交経験の無い女性)だが、ワクチンをしても、又性交経験が無くても、HPV以外の原因による子宮頸癌もあるため、毎年検査を受ける事が大切。

乳癌(Breast Cancer)

祖母、母,姉妹などの家族で、閉経以前に乳がんの診断を受けた場合。エストロゲン(女性ホルモン)のレベルが高い年数の多い女性(妊娠経験が無い、初産が35歳以降、生理のある年数が長い:初潮時が12歳以前、閉経時が50歳以降)。家族暦が無くても、年齢を重ねる事で癌の確立が増す。乳房のしこり、脇の下のしこり、乳房の皮膚の変化(赤く、ただれたような変化など)、乳首の陥没、乳首からの異常な体液(血液の混じったものなど)が症状。症状の無い場合でも、マンモグラフィ、超音波検査で発見される事もある。

予防対策:1年に一回はマンモグラフィ、婦人科検診での触診を受ける事が懸命。乳がんは自己検査で発見される場合が多いので、月に一度は自分で乳房、脇の下の触診をする事も大切。東洋人は乳癌にならないという、アメリカ医学社会の偏見があるので、医者に大丈夫と言われても、納得のいくまで検査をしてもらう事が大切。

膀胱炎(Urinary Tract Infection, Cystitis)

頻尿、残尿感、排尿に伴う下腹部の痛みなどが症状。短い尿道、尿道口が肛門に近い事が、女性が頻繁に膀胱炎になる原因。閉経後は、尿道の粘膜の衰えで膀胱炎になりやすい。

予防対策:水分を良く取って尿の量を増やす、性交後トイレに行って尿を出す、排便後前から後にかけて拭くなどで予防できる。高齢者、又は糖尿病の場合、症状が無い事もあり、処置が遅れると、腎盂炎や、敗血症になる可能性もある。通常原因となるバクテリアとは種類の異なる場合が多いので、尿検査は勿論、尿の培養で原因となるバクテリア、又効果のある抗生物質の確認が必要。若年者の場合、抗生物質を服用しても再発する場合は、尿の培養が必要。市販の膀胱炎用の痛み止め(Uristat, Azo Standard:Phenazopyridine)は、一時的に痛みをとる事ができるが、尿がオレンジ色になるので、正確な尿検査ができない事もある。

尿失禁(Urinary Incontinence)

出産経験、老化に伴い、尿道の括約筋が緩み、咳や、くしゃみ、重い物を持ったりした場合に尿が漏れる(緊張性尿失禁:Stress Incontinence)。排尿衝動に駆られているうちに、トイレにたどり着く前に尿を漏らしてしまう(切迫尿失禁:Urge Incontincence)。
予防対策:緊張性失禁の場合、肛門、膣、尿道口の括約筋の筋力を強めるキーガル体操(Kegal Exercise)が効果的。排尿の際、尿を途中で何回も止めるような感じの体操を、気がつく折にやってみる。効果の無い場合は、泌尿器科の手術が必要。切迫尿失禁の場合、膀胱の筋肉が緊張して、容積が減るため、少しの尿で膀胱が満タンになった感覚になり、トイレに行きたくなる。ストレス解消、薬によって、膀胱の緊張感を和らげるなどで防ぐ事ができる。

骨粗鬆症(Osteoporosis)

閉経に伴い、骨の密度を一定に保つ役目をしていたエストロゲン(女性ホルモン)の分泌が衰えるので、骨がもろくなり、骨折しやすくなり、背骨が曲がることで、背骨と背骨の間から出ている神経が押されて起こる慢性の痛みにも悩まされる場合が多い。喫煙、骨粗鬆症の家族の病歴、病気や手術で卵巣の機能を閉経前になくした場合、ステロイド療法を長く続けた場合、甲状腺機能亢進症(Hyperthyroidism)で治療を受けていない場合などが原因の要素となる。東洋人は特になりやすい。

予防対策:産まれてから壮年期に至るまでのカルシウムの取得量が、骨の密度の決め手になるので、閉経後の予防対策と言うよりは、閉経以前の予防が大切。カルシウムは一日1200mg、カルシウムの代謝を促すビタミンDは、一日400−800U、ウェイトを持って腕を曲げる、足首につけて歩くなどで、骨を強める事が大切。閉経後は、女性ホルモンの補給(Hormone Replacement Therapy)、骨の密度を増やす薬(Bisphosphonates:Fosamax, Actonel, Boniva)と共に、カルシウム、ビタミンDの補給、骨を強くする運動が大切。閉経前でも、生理が不規則になり始める時期に骨の密度が急激に減りだすので、家族歴があり、痩せ型の女性は閉経後まで待たずに検査(DEXA SCAN)を受けて欲しい。

更年期障害(Menopausal Symptoms)

ホルモンのバランスが狂う時期なので、ほてり、のぼせ、発汗、寝汗、冷え、高・低血圧、動機, めまいなどの、閉経前に自律神経がコントロールしていた症状が出る。血行が悪くなるので、肩こり、腰痛、手足の痛みなども出る場合が多い。精神状態も不安定になり、鬱、不安、不眠、忘れっぽくなったりの症状も出る。エストロゲンの低下に伴い、膣や尿道の萎縮、粘膜の衰えから、性交時の痛み、膀胱炎が頻繁に起こる。

予防対策:ホルモン療法は乳癌や、心筋梗塞の原因になりうるとの研究発表が数年前に出てから、ホルモン療法は危ないと言う偏見が世論となり、今までホルモン療法の効果で骨粗鬆症や更年期障害の予防に役立っていたのにもかかわらず、ホルモン療法を止めてしまったり、始めるのを懸念する女性が増えてしまった。研究結果は、さまざまな研究結果を統計的にまとめた物で、対象となった女性には、始めから乳がんや心筋梗塞になりやすいタイプの女性が一般の女性人口に比べて多く、そのせいで結果に誤差が出たと言う解釈が、現在の医学社会の世論となっている。短期間であれば、更年期障害の症状も免れるため、又、止めてしまった女性のほとんどが、ホルモンを呑んでいた方が、体も精神状態も安定していた事もあって、多くの女性がホルモン療法を見直すようになっている。乳がん検診、マンモグラフィ、心筋梗塞の原因となるリスク(高血圧、高脂血症、糖尿病)の検査を毎年行うことで、ホルモン療法も安全に服用できる。更年期症状の続く間に、抗鬱剤を服用することで、精神の安定を保つこともできる。ホルモン療法は、膣、尿道の粘膜を閉経以前と同じように潤う効果があるので、性交時の痛み、膀胱炎も防ぐ事が可能。性欲の低下が閉経後多く見られるが、女性ホルモン補給と共に、少量の男性ホルモン(テストステロン)を補給することで、効果が見られるようになる。膣内の渇きはエストロゲンのクリームを使うことで、粘膜の潤いを保つことができる。

月経前緊張症(Premenstrual Syndrome)

生理の数日前から起きる身体的な症状(むくみ、めまい、頭痛、便秘、吐き気、体重増加、乳房の張り、痛み)や精神的な症状(いらいら、鬱、不安症、怒りっぽくなったり、集中力が無くなったり)。生理痛も同じ時期に起こる。

予防対策:精神的な症状は、抗鬱剤が効果的。生理痛、頭痛は、市販の痛み止めを処方箋の量で呑む(Ibuprofenは、通常400mgを6時間から8時間おきに呑むが、600mgから、800mgで呑んでも良い)事で効果がある。ストレスのたまる期間なので、ストレス解消も大切。

膣炎(Vaginitis)

膣、外陰部のかゆみ、おりものが多くなるなどが症状。カンジダ性膣炎(Yeast Infection)は、かゆみと、白っぽい、カッテージチーズのようなおりものが出る。バクテリア性膣炎は膣にいるバクテリアが原因となって、かゆみと、腐った魚のような悪臭のあるおりものが出る。トリコモナス原虫(Trichomonas)による膣炎は性病の一種。黄色や緑色のおりものと共に、激しいかゆみが特徴。パートナーの男性も治療を受ける事が大切。

予防対策:カンジダ性膣炎、バクテリア性膣炎は膣内のPH(酸性・アルカリ性)の変化、抗生物質や、薬の服用によって、膣内のバクテリアの量の変化によってなるので、性病ではない。カンジダ性の場合は市販で膣に挿入する座薬、クリーム(Monistat)がある。バクテリア性、トリコモナスの場合は、医者の診察、処方箋が必要。

成人病(Adult Onset Diseases)

肥満、運動不足、バランスの悪い食生活、家族暦などが、成人病発病の要素になる。症状の無い時期が長期間続くので、気をつけようが無い。まだ若い、私に限ってと高をくくっている間に、どんどん病気が進み、症状が出る頃には手遅れ(心筋梗塞、脳卒中、腎不全、心不全、視力障害などの、さまざまな合併症)と言う場合が多い。アメリカの生活に慣れてしまうと、リスクもアメリカ人と同じようになる。閉経後は、心筋梗塞、脳卒中のケースが男性と同じ。

予防対策:肥満予防、運動不足解消、塩分、脂肪分をおさえた食生活。処方された薬を医師の指示通りに服用する。
高血圧(Hypertension):予防対策で血圧が下がらない場合は、腎臓動脈が詰まっていたり(Renal Artery Stenosis)、ホルモンの異常が原因となる事もあるので、原因を調べてもらう。妊娠中に高血圧になる女性は、将来高血圧になる可能性が高いので、中年期を待たずに定期的に血圧を測るようにする。避妊ピルは、血圧を上げる副作用があるので、血圧が上がるようなら、止める。現在のガイドラインは最高血圧120、最低血圧80。(以前は140/90)
糖尿病(Diabetes):空腹時の血糖値が126以上の場合は、間違いなく糖尿病だが、空腹時が正常でも、食後2時間後の血糖値が140以上の場合は、糖尿病とみなしてよい。糖尿病予備軍と言われているが、予防対策をとっても数値が変わらない場合は、100%糖尿病になるとみなされる。炭水化物は甘い物、明らかに炭水化物と見られる食べ物以外でも、含まれているので、食生活の見直し、糖尿病患者を対象としたクラスを取ることが大切。高血圧と同じく、妊娠中に糖尿病になる女性の半数以上が糖尿病になるので、出産後は正常に戻るといわれても、出産後も糖尿病の検査が大切。
高脂血症(Hypercholesterolemia):総合コレステロールの数は、200以下が正常と言われているが、総合コレステロールの数が200以上でも、悪玉コレステロール(LDL)が100以下、善玉コレステロール(HDL)が60以上なら問題なし。心筋梗塞のリスク(糖尿病、高血圧、喫煙経験、心筋梗塞の家族暦)が無い場合LDLは、160までは大丈夫。ちなみに、ホルモン療法は、HDLと中性脂肪(Triglyceride)の値を上げ、LDLの値を下げる作用がある。