『米国裁判官から学ぶ』
元ジュニア裁判官のつぶやき

日本大使館 野中高広

"You are too young for a judge." 昨年7月の渡米以来、「日本ではjudgeをしていた」と言うたびに、驚きの表情で発せられる言葉である。パーティで出会った大学名誉教授から「君がjudgeとはどうしても信じられない。一度家に来て、食事でもしながら話を聞かせてくれ」と言われたこともあった。「昔の身分証明書は裁判所に返してしまったし、どんな会話をすれば許してもらえるだろうか」と本気で悩んだものだった。しょうがないので最近では“I’ m not a baseball judge.”とちょっぴり自虐的な冗談を言うことで、その場をしのぐことにしている。

テレビで見るロバーツ連邦最高裁長官、たまたま一度面会できたスカリア判事、大使公邸で間近に見たケネディ、ギンスバーグ両判事らが、あまりにも立派でオーラを発しているのは兎も角として、時々面会する連邦高裁、連邦地裁の判事や州高裁の判事らにしても、いずれも何やら威厳に満ちており、話される内容も深遠である。先日、シカゴの日米協会・商工会議所に招かれ、連邦地裁の法廷で、陪審制度と裁判員制度についてスピーカーとなる機会があった。もう1人のゲスト・スピーカーは、シカゴの連邦地裁の首席判事で、威厳たっぷりの70歳くらいの人。おまけに背丈が当館の横井公使と同じぐらいあり、しかも横幅もある。70名の日本人の前で和製英語を話すのは多少恥ずかしかったものの、日本人駐在員らから質問がたくさん出て議論が活発になり、講演自体は好評であった。ただ、首席判事と2人で並んで撮ってもらった写真は、いろいろな意味で、さしずめ大人と子供である。

アメリカの裁判官は、弁護士、政府の役人、大学教授などとして数十年間活躍をしてきた人たちである。特に連邦判事は、大統領に任命され、終身の身分保障をされていることからもわかるように、経験も豊富で人々から高く尊敬されている。一方日本では、遠山の金さん、大岡越前をはじめ「おかみが判断する」という意識が強く、裁判官への信頼は高いものの、大学を卒業して司法試験に合格し、数年の実務訓練を受ければ裁判官になることができ、他の分野の経験という意味では少ないと言わざるを得ない。私のようなジュニア裁判官がヒヨコに見えてしまってもしょうがないのかもしれない。そのためもあって、日本では人々の裁判官への期待に応えるべく、経験の不十分さを補う様々なシステムが導入されている。個人的には、せっかく米国に来たのだから何でも積極的にチャレンジし、少しでも幅広い経験を重ねて視野を広め、帰国後に一皮むけたjudgeとして復帰したいものである。

ところで渡米以来、英語習得を上回るスピードで、胃袋だけが早々とアメリカナイズしてしまったため、あっという間に8キロ以上肥えてしまった。もともと大胸筋、腹直筋が自慢だった体は、もはや跡形もない。ダイエットも兼ねてヴィエナからの自転車通勤を始めたものの、何かと理由をつけてサボっていることもたたり、効果は芳しくない。ついに見かねた妻から「なんなのよ、そのおなかは」と言われるたびに、慌ててへこます日々の繰り返しである。「いや、これは威厳を出すためであって・・・」とは言える筈もない。