『米ネット中立性問題』

FLEISCHMAN AND HARDING LLP/ 米国弁護士 長野 さわ

誰もが知りたがっているのに聞けなかったネット中立性について教えます!

米国ではネットの中立性を巡り議会や連邦通信委員会(FCC)で激しく議論が交わされてきた。問題の核心は、ブロードバンドをコモンキャリア(通信事業)としてFCC規制の対象とするべきとする推進派と公共事業型の規制の対象にするべきでないとする反対派の政策上の対立といえる。日米の相違はさておき、世界一ブロードバンド化が進んでいる日本で、日本ならではのネット中立性の議論の発展に参考としていただければ幸いである。

  1. ネット中立性の四原則

    2005年にFCCが発表したブロードバンドに関する指針によると、消費者には(1)インターネット上で自由にコンテンツ(合法的なものである限り)を選択する権利、(2)自由にアプリケーションを実行し、サービスを利用する権利、(3)ネットワークに害を及ぼさない合法的機器を接続する権利、そして(4)プロバイダー選択の自由が保障されている1

  2. AT&T・ベルサウス合併の意義

    ベルサウスを買収した新生AT&Tは、合併の承認を得るための条件として上記FCCの四つの基本原則を遵守するという約束事を受け入れた2。そして五つ目の条件として、合併完了から2年間(もしくは、それ以前にネット中立性法案が可決した場合は、それまでの間)、ネットワークとルーティングを中立に保つために、自社のブロードバンド回線を通る特定のパケットを(情報の)供給源、所有者、送信先などの情報に基づいて、特権付きにしたり、冷遇もしくは優遇するいかなるサービスも提供、販売しないことを約束した3。このいわば非差別原則は、上述のFCC四原則の枠を超えるものであり、これらの五原則によって、ブロードバンド・インフラを提供するネットワーク事業者は、自社のネットワークを通じて提供されている全てのコンテンツを平等に扱わなければならない、ということになる。つまり、自社以外の事業者を妨害、囲い込みなどをして自社のサービスが有利になるようなことはできなくなるというわけだ4

  3. ネット中立性推進派

    一般的に規制化を要求しているのは、グーグル、ヤフー、アマゾン、IAC/InterActiveCorp、マイクロソフト、イーベイ等のハイテク企業やコンテンツ業者。FCCの四原則およびAT&Tの五つ目の条件である非差別原則を全てのネットワーク事業者に義務付けなければならない、と主張する。

  4. ネット中立性反対派

    一方、規制化に異議を唱えているのは、ベライゾン、AT&T、クエスト、コムキャスト、タイムワーナー、ケーブルビジョン、コックス、チャーター等の通信事業者及びケーブル会社である。こうした規制はどれ程ひいき目に見ても、不必要であり、最悪の場合、インターネットの技術革新に不可欠なインフラ投資を抑制してしまうと反論する。ネットの中立性が法制化されると、ネットワーク事業者は、単なるパイプと化してしまい、利幅の高いコンテンツ業者・アプリケーション業者との競争に不利な立場に立たされ、将来的にネットワークの構築やアップグレードを阻害することになる、と主張する。

  5. 米議会法案

    昨年はブロードバンド回線事業者のネットワーク整備を厳しく規制する法案5がいくつか提出されたが、議会で激しい抵抗にあい凋落した。それ程厳しくない規制を盛り込んだ法案2件6はある程度のところまで審議が進んだものの、法案通過にはいたらなかった。今年一月、バイロン・ドーガン上院委員とオリンピア・スノウ上院議員がInternet Freedom Preservation Act (法案)を再提出した7。それによると、ブロードバンド回線事業者は特定の企業や個人を特別扱いするような方法でネットワークを構築できないものの、ユーザーは接続種類別にサービスを選択できるようになっている。法案下では、ブロードバンド・アクセス・サービスを提供する際に、それ以外のサービスへの加入を強制することは禁止されている。また、この法案では違反があった場合の行政訴訟手続きに関する規制作成をFCCに委ね、訴状が提出されてから90日以内にFCCが何らかの法的措置を取ることを盛り込んでいる8。しかしながら、現時点でこうした法律が法制化される見通しはあまりない。

  6. FCC審理通告

    今年3月に入ってネット中立性議論が再燃した。FCCがブロードバンドの実態調査のため、ネットの渋滞がどのように管理されているか、また非差別原則を盛り込むべきかについてパブリック・コメントを募集する採決をしたのである9。州政府やインターネット関連会社はネット中立性が法制化されなければ、インターネットのアクセスが確保できないと主張10。一方でネットワーク事業者やネットワーク機器製造メーカーはそうした規制は不必要なばかりか、投資が阻害され、最終的には消費者に被害をもたらすことになる、と主張する11。9月に入り、米司法省はFCCに宛てたコメントの中で、「ネット中立性」の名の下にブロードバンド事業者による課金を制限すれば、将来的にインターネットの構築や技術革新を阻害し、経済や消費者に多大なマイナスの影響を与える、との見方を示している12

  7. 700MHzオークション

    議会では通信法を抜本的に改正する手段が少なくなったことで、ネット中立性推進派の中には近く行われる700MHz周波数帯のオークションに重心を移動し始める者も現れ、特定のライセンスの落札者に対し、ネット中立性の原則を採用するようFCCに働きかけ始めた。8月10日に発表されたFCC規制によると、いわゆるCブロック(広域帯)の落札者は各種機器およびアプリケーションがネットの整合性・安全基準を満たしている限り、自由にネットへアクセスできるよう確保しなければならない(いわゆるオープンアクセス)13。ということは、免許所有者は誰にでもネットを解放し、ネット上で通話やデータの送受信ができるようにしなければならないということだ。ベライゾン・ワイヤレスはこのFCC規制に異議を唱え、米連邦控訴裁判所でFCCを相手に訴訟を起こした。こうした動きは、来年1月に予定されているオークション関係者に先行き不透明感を呈している。また、FCCはオープン・アクセス規制に卸売りベースのアクセス要件を盛り込むべきというグーグルらの要求を退けたことから、今後はグーグルらがFCCに再考の申し立てを行っていくことが予想され、その展開が注目される。

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本件はニュース・情報提供の目的で投稿したものであり、この件に関し完全な法律的分析を行ったものではありません。したがって、特定の事実や状況についての法律アドバイスもしくは弁護士の意見として解釈または依存すべきものではありません。この原稿で表現されている意見は著者本人のものであり、その所属事務所であるFleischman & Harding, LLPもしくは同事務所の弁護士・顧客の意見を代表するものではありませんのでご了承下さい。




1 : Appropriate Framework for Broadband Access to the Internet over Wireline Facilities, Policy Statement, 20 FCC Rcd 14986 (2005).

2 : AT&T Inc. and BellSouth Corporation Application for Transfer of Control, WC Docket No. 06-74, FCC 06-189, Memorandum Opinion and Order, 22 FCC Rcd 5662, ¶119 (rel. March 26, 2009).

3 : Id. at Appendix F Merger Commitments.

4 : ここでいうネット中立性は、ネットへのアクセスへの課金という意味ではない。勿論、アクセスについては無料もしくは有料ということになるのであるが。

5 : See e.g., Network Neutrality Act of 2006, H.R. 5273, 109th Cong.; Internet Non-Discrimination Act of 2006, S. 2360, 109th Cong.; Internet Freedom Preservation Act, S. 2917, 109th Cong. (2006).

6 : Communications Opportunity, Promotion, and Enhancement Act of 2006, H.R. 5252, 109th Cong.; Advanced Telecommunications and Opportunities Reform Act, S. 2686, 109th Cong. - Senate Amendment in the Nature of a Substitute to H.R. 5252, 109th Cong. (2006).

7 : Internet Freedom Preservation Act, S. 215, 110th Cong. (2007), formerly S. 2917, 109th Cong. (2006).

8 : http://thomas.loc.gov/cgi-bin/query/z?c110:s215:

9 : Broadband Industry Practices, WC Docket No. 07-52, FCC 07-31, Notice of Inquiry (“Broadband Industry Practices NOI”) (rel. April 16, 2007).

10 : See, e.g., Comments of New York State Department of Public Service, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of New Jersey Division of Rate Counsel, Broadband Industry Practices NOI (July 16, 2007); Comments of Google, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of National Association of State Utility Consumer Advocates, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007).

11 : See, e.g., Comments of AT&T, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of Verizon, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of Time Warner, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of Sprint Nextel, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of T-Mobile USA, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007); Comments of Consumer Electronics Association, Broadband Industry Practices NOI (June 15, 2007)

12 : Ex Parte Filing of Department of Justice, Broadband Industry Practices NOI (September 6, 2007).

13 : Service Rules for the 698-746, 747-762 and 777-792 MHz Bands, WT Docket No. 06-150, FCC 07-132, Second Report and Order (rel. August 10, 2007).