『私の海外失敗談―香港での飲茶マナー』

社会経済生産性本部
黒田 和光

学校卒業後、会社に入って2年目ぐらいの頃だったと思う。私の勤務先は教育研修団体なので、その中のひとつに借り出された。洋上研修というやつで、600名からの参加者とともに大型客船で横浜大桟橋をでて、洋上で研修を受ける。そして香港、シンガポールといった東南アジアの都市に寄航して、現地見学して日本に戻る、という2週間ほどの研修だった。洋上の景色はまことに素晴らしかった。陸上では見られない様々な海の表情、はじめてみる南十字星、幾筋の小滝のようなスキャタード・スコール、閃光のように煌く日の出、そして時空のとまったような大海原で唯一夜の知らせをつげる黄金色の夕日。最初の寄港地の香港に近づいた時も感動した。穏やかなビロード生地のような海面を切り分けて船が進むと、やがて栗の実が落ちてころがったような、小島がそこかしこに現れる。船が減速し、ひさしぶりの陸が近づいてることがわかると、みなデッキに出て鈴なりになり、いまかいまかと陸の見えるであろう方向を見る。船首先の遠く、水平線を凝視していると、不思議なことに、キラリとした閃光とともに、海の中から鋭い剣のきっさきが現れる。やがてその一本の剣は少しずつ海上から空にむかって成長してくる。と、いまの剣の右となりに、またもう一本の剣がでてきて、ニョキニョキと一緒に成長しはじめる。そして今度は左に、またその右にと、あれよあれよという間に何本もの剣が海上に現れて、どんどん伸びていく。やがてそれは大小さまざまの剣の束となって、堂々と異様な壮観で視界を圧倒する。この時になって、これが香港の摩天楼群であることに気がつき、はじめて「オー!」と驚き、感動、興奮の声があがる。圧倒的な香港の高層ビル群の威容が海中からすこしずつ出現するさまは、まさに圧巻であった。

さて、船が接岸すると、まちに待った上陸である。上陸後はグループごとにバスで観光し、昼食ののち自由行動となる。バスではじめてみる九竜街の騒然さに圧倒されていると、現地ガイドの陳さんが、「ミナサン、オヒルメシは、飲茶デス。いまから飲茶のマナーをオシエテクレマス。」と切り出した。「飲茶はもともと王様のオヒルメシですから、お客さまは、ウエイターには話しかけれません。決してウエイターに声をかけたり、呼んだりしてはイケナイのキマリゴトなのデス。」「ウエイターがオショクジを出してくれても、シェイシェイと言ってはダメです。」「その代わりに、ヒトサシとナカ指の二本の指で、テーブルをトントン叩いてください。」「それから、次はですね・・・・・・・・」といった様子でいくつかのベーシック・マナーを教わった。

そうして今習ったばかりのマナーを実行すべく、シアターレストランに到着した。千人は入れるのではないかと思うほど、とにかく広い。キンキラでもある。地元の客もいる。8名掛けほどのテーブルが星の数ほどある。その中のひとつのテーブルに何人かの研修生と一緒に案内されて、着席すると、ウエイターがすぐやってきて、皿をセットしたり、お茶をいれてくれた。「ああ、どうも」とウエイターに礼をいうと、ウエイターは全く無言である。まるで聞こえないかのように給仕に没頭してる。近くの地元の人のテーブルを見ると、ウエイターに礼を言う代わりに、客は指でテーブルをトントン叩いている。トントンといったやさしいものでなく、まるで貧乏ゆすりが手に移ったかのように、せわしなくテーブルを叩いている。そして椅子の背もたれにこれ以上できないといったくらい、そっくり返って、大変横柄な姿勢のまま、しつこく指でテーブルを叩いていた。「あー、本当だー?!」と感心しながら、自分も真似てトントンしてみる。隣の人もトントンやりはじめる。そして我々みんなトントン・トントン・トントントントン・・・・とまるで中国麻雀席のように、音がなりだした。すると、無言のままのウエイターが、ニコッと嬉しそうに笑った。「ハアー!文化の違いってこんなに違うのかー!」と、はじめての異文化体験に感動するとともに、陳さんのインストラクションにも感心した。

食事が運ばれて、どれもうまい。船上の食事は豪華なものだったが、やはり飽きる。久しぶりに味付けの違った料理は、私だけでなく同じテーブルの研修生も食がはずんで、あれもこれもと皆たらふく食べあげた。こうなるとお茶が欲しくなる。最初におかれた大きなお茶の急須も、みんなでまわして飲んでるうち、すぐになくなってしまった。

さて、お茶の御代わりをもらわねばいけない。しかし、ここでも陳さん直伝の作法があった。

バスの中で陳さんは、こういう場合のマナーをこのように説明してくれていた。

「ミナサン。中国料理はアブラ多いですから、ノド乾きます。で、すぐお茶がなくってお代わりがイリマース。でもそのトキでも、ウエイターをコエを出して呼んではいけません。ホーホーはカンタンです。ミナサンのテーブルのトコにあるヤツの、“フダヲハンブンアゲルコト”これだけです。」

これを聞いた誰もが、「テーブルの“札”を“半分挙げる”のかー」と学習した。

しかしこれがとんでもない落とし穴だった。

陳さんは実は、「(急須の)フタ(蓋)を半分開ける」といいたかったのだ。

しかし、それが多少訛って、「フダヲハンブンアゲル」(=札を半分挙げる)という発音になっていたのだった。

しかし、我々はそれを知るすべもない。

そうしてそのままテーブルに着席してしまっている。

加えて悪いことに、レストランの各テーブルには、結婚式披露宴のテーブルよろしく、円卓の真ん中に金のポールがデン置かれ、そのテッペンには「亀」とか書かれた扇形の“札”がついていたのである。

食事もかなり進んできてと、一緒のテーブルの研修生の誰かがふと言った。

「アレ、もうお茶がなくなったわ。」

それを聞いた数人が、同時に

「じゃ私が札を挙げましょう!」と言い出した。

「いやいや私が!」

「そんな、そんな、それは私が!」

と日本人同士の美しい気配り合戦がはじまり、だれもかれもが競ってテーブル中央の「亀」札を奪いはじめた。

明らかに最年少で、かつ主催側の人間である私は、(ここで先を越されてはマズイ!)と思い、ひときわ大きな声で

「わたしがあげます!」とやにわに立ち上がって、TVの筋肉番付の旗とり競技のように華麗に「亀」札を奪った。

内心(シテヤッタリ!)である。

そして、私は、その場で威風堂々と、地元香港人ならそうするだろうように、横柄な態度で、そっくり返りながら「亀」札を右手で高々と挙げたのであった。私の気持ちは気配り合戦に勝利した凱旋将軍であった。

大きなレストランとはいえ、客が急に立ち上がって、デモ行進みたいなそぶり見せれば、いやでも目立つ。何人かのウエイターと客がこちらをすぐに見た。ウエイターがいつものようにこちらに進んでくるか、と思いきや、訝しげに一瞥しただけで、そのままもとの姿勢に戻ってしまった。

もう一度、更に高く挙げてみる。またちょっと見て、すぐ無視された。

(おかしいなー?さっきの指トントンみたいに、なにか微妙にモーションが違うんだろうかなー?)と思っていると、同じテーブルの研修生が、

「黒田さん、札は“半分”挙げるんですよ。」と。

「あーそうでしたねー、いやいや失礼しました。じゃこのくらいかなー?」

と言って、私は腕を半分下げてみた。今度も無視。

すると他の研修生が

「“挙げる”腕はまっすぐにして、中腰にするのがいいんじゃない?」という。

「はあー、そうですねー」正直、(それは違うのでは?)とも思ったが素直に応答して、今度は中腰で札を挙げたままでこらえる。

お腹が結構いっぱいになっているのでこの姿勢は結構苦しい。

でも誰もこない。

今度は別の人が、

「半分っていうのは、高さの半分じゃなくて、半分傾けるということでないですか?」

そうかもしれない!中腰のまま「亀」を45度傾ける。

誰もこない。

「座ったままやるんじゃない?」と誰かがいった。そのとおり座ってみた。

誰もこない。

「やっぱボクは中腰だと思うなー」

そのとおりまたしてみる。もちろん、誰も来ない。

(困ったなー、やっぱここは外国だからなー、でも呼んじゃいけないっていうし・・・)と思っていると、一人のウエイターがそろそろと近づいて来た。

(あーよかった、でも中腰なんだー!)

と内心驚きながら思っていると、なんと、彼はそのまま通りすぎて隣のテーブルに行ってしまったではないか!

(どうしよう。「黒田の“亀”の挙げ方が下手だったので、うちのテーブルはお茶のお代わりが出来なかった」、なんて言われたら主催側の人間としては面目丸つぶれだ・・・困った。)

皆思案にくれて、どうしていいかわからないらしく、テーブルは静かになってしまっている。素直な日本人は声を出してウエイターを呼びましょう、なんて言い出す人はいないのだ。

中腰の姿勢に耐え、だるくなる腕をささえながら、頑張っていると、別の誰かが思いついたように言った。

「アッ!札っていうのはさ、その「カメ」の部分だけを指すんであって、棒の部分は関係ないんじゃない!」

「アッそーかー!それは盲点だったねー。そうだよ!そうだよ!」

みんな思案にくれていたので、この“斬新な正解”に一同強く勇気づけられた。

私も「ヨシ!」と(根拠のない)確信をし、

自信に満ちたようにゆっくりと「カメ」だけを棒からはずし、扇を持つようにして、再び立ち上がって、挙げてみた!

歌舞伎役者が見得を切ってるようである。

しかし、どこからも何の反応もない。・・・・・・・・もう困惑というより(とんでもないことになった)と意味無く不安に陥っている。

今度は、

「札に表裏があるんじゃない?」と誰かがいうので、そのまま手のひらを返してみた。

「いやーそっちは裏だよ。」誰かがいう。

そういうので、また「亀」を持った手のヒラ返す。

もちろん、何もおきない。

・・・・・・・・・もうだめかも知れない・・・。 たかがお茶ぐらいなのに、完全に倒錯してしまっている。

しばらく静寂ののち、各自がそれぞれの信念に基づいて、「亀」のあり方に注文を連発しはじめた。

「黒田さん、違う!違う!“半分”だけ挙げるのだから、肘を折って顔の高さぐらいまでだよ。」

「中腰!中腰!」

「手は45度!前に出して!」

「裏表が逆だよ!手を返して!」

「腰がまだ高い!」

「もう少し目立つように“亀”を見せて!」

「肘がもう少し引く!」

「亀の向きを返して!」

もう私のモーションは、テーブルから「カメ」の札をはずして、その場で阿波踊りの真似をしてる変な日本人と化していた。今にしてみれば至極滑稽だが、お客さまにお茶を得るべく、私には必死で、香港の飲茶レストランの真ん中で阿波踊りをしていたのであった。

広大で金襴としたレストランの中ほどで、テーブルの札をはずして、阿波踊りの練習のようなことをしてる私の姿はさすがに異様だったのだろう。ガイドの陳がすっとんでテーブルにやってきた。

「黒田さん、いったいアナタはナニをしてるデスカ!!」

「いや、だから、お茶のお代わりをもらおうと思って・・・・・・」

「黒田さん、だからワタシが教えたクレタですよ。」

陳さんは、テーブルの上の急須の蓋を手にとって、それをズラしながら、半ば憤慨したように言った。

「コウシテ、フダをハンブン、アゲルのですよ!!」

一同、唖然、呆然。

私は(そんなのありなのー?!)と激しいショック。

我々の打ちひしがれた気持ちも知らず、陳さんが立ち去りながらいった。

「もう、みなさんは、研修でしょ。それなのに、ナンド言ってもオボエテくれないの。これがいつもワタシのナヤミなのネー。ワカリマス?」

(了)