『靴の踵をすり減らして』

在米国日本大使館 議会公使
新美 潤(しんみ じゅん)

1.セールスマン

  金曜日午後のキャピトル・ヒル(米議会)の雰囲気がちょっと好きです。米国の政治家は、日本の政治家と同じように「金帰火来」で、多くは金曜日午後には地元の選挙区に飛び返ってしまいます。超多忙な議員補佐官連中を捕まえるには絶好のチャンスです。彼らもボスが不在なので、若干寛いでゆっくり相手をしてくれます。服装はノーネクタイやポロシャツの人が多く、気のせいか、いつもピリピリしているキャピタル・ヒル全体がなんとなく「まったり」した雰囲気に包まれます。

議会公使というポストは、日本の大使館多しといえどもワシントンだけではないでしょうか。私の仕事は、米議会の議員や補佐官とコンタクトを取り、日本の政治や外交を説明するとともに、彼らから情報をとり、必要に応じ働きかけをすることです。8月末に東京から赴任以来まだ二ヶ月余の、本当に駆け出しですが、自分は大使館の「営業」なのだ、外回りなのだ、セールスマンなのだ、と勝手に決め付けて、上司や同僚、部下の助けを得つつ、靴の踵をすり減らしながら議員会館まわりをしています。しかし、米議会には議員だけで500人以上がおり、補佐官の数も入れたら数千人どころではないでしょう。きりがない仕事といえば仕事です。

2、東京の3年・ワシントンの昼寝

「田舎の三年、江戸の昼寝」という話をご存知でしょうか。田舎で三年間勉強するよりも、江戸で昼寝している方が世の中の動きがよくわかるという昔の例えです。私は政治・外交論を交わすのが大好きなのですが、日本、特に永田町や霞ヶ関では、このような話を正面からするのを、なぜか「青臭い」として敬遠する雰囲気があるような気がします。その点、ワシントンという町は宝の山で、米議会のスタッフはじめ、シンクタンク、更には学界等、戦略論や政治論を研究し議論する人々であふれかえっています。その層の厚さはおそらく世界一で、政治や外交に携わる者にとって、知的好奇心が満たされるという意味でこれ以上の場所はないのではないでしょうか。

他方、ワシントン故の「怖さ」もあるような気がします。初対面の相手でも比較的気軽に会ってくれるのがアメリカ人の良いところですが、議員にせよ、補佐官にせよ、最初の3分でこちらを値踏みしますから、こちらが知的に相手にするに足りると判断されなければ即アウトです。また、ギブ・アンド・テイクの世界ですから、相手にとって為になる話や情報を持っていかなければ時間の無駄とみなされます。最初の初対面でいかに相手に自分の価値を売り込むか、その上でどうやってパイプを繋げていくか。赴任して日も浅く、実地で体験しながら学習していかざるをえないのですが、「ワシントン学」は奥の深いことしきりです。

もっとも、先日ある大物ロビイストと夕食をともにした際には、議会対策の真髄は「信用と信頼、そのための長年の付き合いの積み重ねしかないよ」と言われました。そういう意味では人間同士、突き詰めればどこの国でも同じなのかもしれません。

3、日本の政治とワシントンの政治

私が素人ながら「政治」の魅力と怖さを実感するようになったのは、2003年から2年間、秘書官として総理官邸に勤務した経験によるところが大きいと思います。官邸では多くのことを学びましたが、その中の一つは、世論、ひいては政治を背景としない一人よがりの外交内政は、どんなに綺麗に、政策的に「正しく」作られていても、うまく機能しないばかりか、国民に害を及ぼすこともあるということです。他方、以下は当時のボスにも言われたのですが、我々公務員は、政治が右に行こうと左に行こうと、国としての行く末を考えた上でベストの政策を政治(国民)に示さなければいけません。つまり政治と政策は溶け合うべきであるとともに、綱引きの関係にもあり、この二律背反的関係の中に、政治と外交(内政)の関係の真実があるような気がします。

日本の政治については、短期間ながら一瞬撫でるような体験をさせていただきましたので、今度は米国の政治について、仕事をしながら学んで行きたいと思っている次第です。

4、皆さんのおかげです

私は、議員事務所を尋ねて回るときに必ず、訪れる先の議員(補佐官)の出身州と日本との経済関係を一枚にまとめたメモを持っていって、渡すようにしています。色々な州の資料を作り、それを議員補佐官達に説明して最近感じることは、過去十年―二十年の間に、いかに日本から米国への直接投資が増え、それが各議員の地元で雇用を生み出し、そのことを議員や補佐官がいかに高く評価しているかということです。日米貿易摩擦の時代は今や昔と言われますが、それを乗り越えて、日米間の経済関係が緊密化し、深化してきたことが、現在の堅固といわれる日米同盟の基礎となる、一番のアセットとなっているのではないでしょうか。

そんな意味で、皆様の米国でのご活躍が結果として、大使館が米議会関係者とよい関係を作っていく上での一番の財産になっているわけです。今後とも連携と協力をお願いいたします。