『今月の書評』

池原麻里子
ポトマック・アソシエーツ

『医者の思考方法』
ジェローム・グループマン(ホートン・ミフリン社)

日本でも医療過誤が時折、ニュースになるが、米国の医療過誤については米科学アカデミーが99年11月に発表したTo Err Is Humanが有名だ。同報告書は全米で年間4万4千人から9万8千人の入院患者が医療過誤で死亡しており、交通事故(4万3千人)や乳がん(4万2千人)で死ぬ確率よりも高いと衝撃的な発表をした。

米国では医療施設評価合同委員会が95年、米医療史上初めて全国レベルの情報収集を目的とする警鐘的事例制度を導入したが、必ずしも機能していない。同じ医療過誤を犯しても、ベッドサイドマナーがよい医師に対する患者や親族の評価は甘くなるというデータもある。

患者が州医師会に苦情を提出すると、医師会が苦情対象の医師を調査し、処分を審議するが、実際に免許剥奪などの厳しい措置に至るケースは稀だ。同業他者には甘くなりがちだ。或る州で営業できなくなっても、他州で医療活動を再開するなどの抜け道もある。

重病・難病の場合、よい医者を選ぶことは生死を左右することになる。以前に書評で取り上げた『フリーコノミクス』の著者たちも推薦している本書は、米国のみならず、日本でも賢い医師選択の参考になるだろう。

著者グループマンはハーバード大学医学部教授で、在ボストン有名病院に勤務。30年以上の経験を積み、ニューヨーク・タイムズなどに時折、医療政策に関してコメントするベテラン医師である。本書では各分野の名医たちに、その診断プロセスを問い、過去の誤診経験をどう教訓としているか尋ねることで、なぜ彼らが「名医」なのかを探っている。

医者は患者が病状説明を平均18秒で遮り、病名と治療方法を診断しているという。その判断は正しいことが多いが、当然ながら誤診もあり、悲惨な結果を招くこともある。

近年、米医学部では論理的思考を行うよう、予め決められたアルゴリズムに従い、診断するよう医学生を訓練している。特に、保険会社はこの手法によって特定の治療方法を認めるか判断しているそうだ。また多くの病院で、統計的に証明されたデータに基く治療が奨励されている。そこには実験的な新治療方法を試行する余地はない。医療がビジネス化しているのも現実だ。

医者も患者も人間である以上、好き嫌いがある。医者は重病患者を好まず、その患者たちも医者に好かれていないと直感する。相性が悪いと最も重要なコミュニケーションに障害が起き、信頼関係が欠如し、満足が行く治療はできない。

医者は患者の外観に基づき、先入観を抱いた診断を下しがちだ。アウトドア型の健康そうな人物が来院すれば、胸の痛みを訴えても心臓発作の前兆だとは考えない。原因不明の体調不調を頻繁に訴える患者に対しては、単に気分の問題だと片付けがちだ。

患者の環境を考慮しなかったために誤診する危険もある。栄養失調が原因で抵抗力がなくなったベトナムからの養子を、医者たちが先天性免疫不全と誤診し、危うく骨髄移植をしそうになったケースが描かれている。

人間は不確定要素を嫌うから、不完全な情報は無意識にデータを補足してしまう。しかし、患者に不明な点は不明であると正直に伝えることで、最初の治療方法が効果ない場合、新たな治療を試みることが可能になり、より有能な医師になれるという。

病因が不明でも「きっとこれが病因で、この治療方法が一番である」という結論を出しがちだ。「これが病因」と決めつけることで、他の可能性を模索しない。決まったパターンの思考方法にはまってしまう医師もいる。医薬・医療品メーカーからの接待を受け、それに影響される医師もいる。MRIなどに依存し過ぎ、誤診を招くこともある。

以上、色々な落とし穴があるが、患者の話を注意深く聞くことで、ヒントを得て、ワンパターンに陥らず柔軟な思考方法で病因を模索し、患者のニーズについてあった治療を行うことが「名医」となるヒントのようだ。

(NEW LEADER 2007年12月号より転載)