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![]() ![]() 『ワシントンで見つけたニッポン』
在アメリカ日本大使館参事官
桜といえば、日本広報文化センター(JICC)所長 伊藤 実佐子 20年近く勤めた雑誌編集の仕事から、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)に転職したのは4年前の春、ちょうど桜の花が満開の頃だった。オフィスの周りの坂道を縁取る桜の木々から、次から次へと桜の花びらが降り注ぐなかを、新世界への扉を押し開く気分で登っていったことを覚えている。 ワシントンDCで2度目の桜の季節を迎える今、あらためて日本の外交官としてここに駐在し文化交流の仕事ができる幸運を再確認する。何と言っても、「日本」というイメージを背負って咲き誇る「桜」を、私たちは外交のツールとして、あるいは親善大使として利用できるからである。 DC市内にGolden Triangle Business Improvement District (IBD)と呼ばれるコミュニティがあるのをご存知だろうか。デュポンサークルを頂点として、ニューハンプシャー通り、ペンシルバニア通り、そしてコネチカット通りをたどってできる3角形の部分である。この3角形内の42ブロックにあるオフィスやレストラン、店舗などが、よりよいコミュニティ作りをめざす互助会がこの組織である。金色のトライアングルのロゴをあしらったゴミ箱は街角の各所にあるし、同じロゴのユニフォームを着た係員が道案内よろしく立っていることもあるので、ご覧になった方もいるだろう。 JICCはこのトライアングルの西側の一辺に接する形で位置している。この4月8日、近くの公共スペース(中華料理店Meiwa前)で桜の木を植樹するので、参加してもらいたいという嬉しいニュースが飛び込んできた。これは、「桜」イコール「日本」であるから、日本大使館員の出席は必須だという、考えを彼らがもってくれているからである。桜の名所であるタイダルベースンを中心に開催される全米桜祭りの期間中に、また市内の桜の木がこのように増えていくのを目撃できるのは、まことに幸せなことである。 でも、桜だけじゃない しかし、「日本」というブランドを背負っているのは、桜だけではない。つい1カ月前、米国で唯一の国立舞台芸術の殿堂ともいえるケネディセンターにおいて開催された、JAPAN! Culture + Hyper Cultureは、まさに現代日本文化の粋が披露された11日間であった。 450名を越える芸術家が訪れ、40以上の舞台公演、25以上の無料イベントや教育プログラムが展開された。ケネディセンター関係者の話によると、この期間の観客動員数10万人以上は空前絶後、しかも平素の観客層とは違った新しい顧客の開拓につながったという。ワシントンポスト紙やNYタイムズ紙までもが、論評記事を毎日のように数々掲載し、一般市民から専門家に至る広い範囲のアメリカ人が、「日本文化」に興味を示したのは事実であろう。 アイゼンハワー大統領が米国の首都に「国立文化センター」を造ろうという建築法案に署名したのは、今からちょうど50年前の1958年のことである。そのセンターの観客動員数記録を塗り替える興行が、「日本文化」によるものになるとは、当時誰も想像しなかったのではなかろうか。 日本への関心低下ってほんとう? 1年2カ月前、国際交流基金からここDCに赴任してくるときに、周囲から聞こえてきた声には、「伊藤さん、今の時期ワシントンへの赴任はご苦労ですな。何せアメリカ人の眼は、中国に向かっているからね」という同情めいた響きがあった。それも当然であろう。文字通り破竹の勢いの中国の経済成長率、オリンピック開催のため建築ラッシュに沸く北京からの日々のニュース、加えてDCで現在建築中の最大の中国大使館等々、中国の躍進ふりを印象づける話題は事欠かない。日本に対する関心が低下しているのは、どうしようもない事実……。 ところが、である。実際にJICCでの仕事を始めてみると、禅の庭師を招いての講演会も、少女マンガ研究者による展覧会も、アメリカ人が初監督した話題のアニメ上映講演会でも、お弁当のデモレクも、また商工会共催J-Film Seriesによる日本映画上映会でも、ことごとくJICC講堂の152席は、眼を輝かせている人々で埋まるのである。また、教育プログラムでJICCを訪れる小学校から大学生に至る子どもたちは、年間5000人を数えた。 すでにDCでは日本大使館がここ20年以上にわたって参加しているEmbassy Adoption Programでは、養子縁組した小学生たちから、「日本にアダプトしてもらってよかった」という声が届いただけでなく、このプログラムの主催側であるDC市当局とWashington Performing Arts Society (WPAS)からも、日本大使館の取り組みは、100件を越える他の大使館のなかでもグッド・プラクティスの一例と高く評価されている。 しかもこの現象は、大使館でも広報文化に携わる我々のセクションだけにとどまらない。たとえば防衛班が、軍事関係者や日本に駐留した経験のある軍人とその家族を招待して開くガーデンBBQも、また議会班が議員の補佐官を集めておこなうディナーも、そこで供される料理や文化的なおもてなしを目的として、他の大使館の同様の催しに比べて、遥かに多くお客様を得ることができている。DCという場所柄、さまざまな国家・地域の文化の選択肢がふんだんにある街において、そこに「ニッポン」があるから、日本大使館行事を選んでくれるということは、素晴らしいことである。 ニッポンの「商品」が戦争を防ぐ 現在、フリア&サックラーギャラリーでは展覧会Patterned Feathers, Piercing Eyes: Edo Masters from the Price Collectionが開催中である。日本人自身が長らく見向きもしなかった伊藤若冲をはじめとする江戸絵画の作品に若くから着目し、収集してきたジョー&悦子プライスご夫妻のコレクションによるこの展覧会は、2006年から07年にかけて日本の3都市で開催され、合計100万人を動員した。悦子プライスさんが、こう私に話されたことがある。 「日本の美術になぜアメリカ人は関心を持ってくれるのか。それは、日本の美術が古くは中国大陸や朝鮮半島から来たものがあったとはいえ、その礎の上に日本独自の要素を建て増ししていき、いまや日本独特のものとして完成度を高めたからです。現在、海外で人気の高い商品も同様です。日本外交の目的は、わかりやすく言えば、この日本の商品が海外でもっと多く売れていき、そういう商品を生産していく国とは戦争したくない、と外国に思わせることではないでしょうか」。 そういえば、ナチスはエッフェル塔を壊さなかったし、連合軍も京都の寺町を空襲しなかった。そして、石窟の仏像を破壊したタリバンには、宗教を超えて世界中の非難が集中した……。文化とは、国境を越えて人類全体の公共財となりうる力がある。この「公共財」という考え方を、「商品」に当てはめて考えてみるのも、悪くないのではないかしら、というのが悦子プライスさんからの助言であった、と私は理解する。 環境志向の高いエコカー、一歩先を行くゲームやファッション、健康志向でしかも安全で視覚的にも美しい日本食、クールでかっこいい建築、独特の世界を描く映画や音楽、手仕事の美しさと感性の豊かさを誇る工芸品、人類のよりよい保健衛生のための医薬品、夢を語るロボットや宇宙事業関係等等、日本が生産できる「商品」のリストは、どこまでも続く長いものになりうる。 「文化は安全保障なり」とはすでに30年以上も前から言い尽くされていることだ。では、現実世界でこれをどうしたらいいのかということを、この「商品」理論で置き換えて考えてみると、しっくりと行く気がする。いわゆる文化国家としてのブランドを誇るフランスも、「文化」を国家のブランドとして生産していける国は、世界広しといえども、実はあまりない。そんななか、日本は十分にその条件を満たしている。そう指摘する、フランス人専門家からの心強い声もあるのだ。 ならば、草の根へのアウトリーチで ジャパンファウンデーションが3年ごとに全世界で行っている日本語教育機関調査の結果が発表された。いまや世界各地で300万人もの人々が日本語を教育機関で勉強しており、その数は増え続けている。そんななか、アメリカにおける人数が初めて減少に転じたという衝撃的な結果がでた。人口あたり韓国では52人に一人、オーストラリアでは55人に一人が日本語を勉強しているのに、アメリカでは何と2千500人に一人という計算である。ただ、詳細をみていくと、たしかに小・中学校で勉強する人数はクラスの閉鎖などがあり減っているものの、大学や個別に勉強している人は増えているという。またアニメや漫画、映画の影響で、さらに統計には表れない草の根レベルでは、日本文化と日本語に関する関心は増えている。 ならば、私たちJICCのミッションは、ここDC近辺で見つけることのできる「ニッポン関連商品」と、関心をもってくれるお客様をできるだけ多く探していき、さらには新しい顧客開拓ができるよう、街のなかにどんどん出て歩き、人々に会ってアウトリーチしていくことなのだと思う。皆さんのまわりにも、面白いネタがあったらぜひご一報いただきたい。 △ ご参考:JICC活動について http://www.us.emb-japan.go.jp/jicc/ |