『知的財産と建国の父たち、そして今』

知的財産研究所ワシントン事務所長
(JETRO NY知的財産部長兼務)
澤井 智毅

建国の父たちと知的財産制度

独立宣言起草者であり、第三代大統領であったトーマス・ジェファーソンが、米国最初の特許審査官であったことを知る人は少ないだろう。

1788年に発効した合衆国憲法の第一条第八節には、連邦議会の権限が定められている。そこには租税の賦課徴収や戦争の宣言などと並び、発明や著作、すなわち知的財産の独占的権利の保障を定め、科学及び有用な技術の進歩を促している。その翌年(1789年)に初代大統領に就任したジョージ・ワシントンは、1790年1月にニューヨークのフェデラルホールにおいて、一般教書演説を行っている。17段落からなる比較的短い演説である。この中で、農業や商業、製造業の発展に触れつつ、新しく有用な発明の技術導入を奨励するよう議会に求めている。加えて、科学や文学の重要性を指摘し、知識は公衆の福利の基盤であるとも明言している。イギリスとの独立戦争に際し、戦時物資さえ欧州諸国に頼らざるを得なかった農業国の米国にあって、新しく有用な発明による自国の産業育成こそが、誕生間もない国家の発展に向け喫緊の課題であったのだろう。

こうした憲法の規定やワシントン大統領の一般教書演説に従い、米国最初の特許法が1790年4月10日に制定された。英国産業革命の要因の一つとされる英国専売条例に倣ったとも言われている。同法において、特許は認可されるものと規定され、国務長官、陸軍長官、司法長官の三名の合議体による特許委員会が、特許を付与すべきか否かを審査することとされた。初代国務長官であったジェファーソンが、最初の特許審査官と言われる所以である。米国特許商標庁(USPTO)のミュージアムには、「ジェファーソンのシューボックス」が飾られている。日本の小学校で見かける下駄箱を思い出すと良いだろう。ジェファーソンのベッドサイドに置かれ、特許出願書類や審査用資料を収めていたと言われる。

初代国務長官として激務に追われるジェファーソンが、いたずらに右から左に排他的独占権である特許を付与していたかというと、そういうわけではない。本来、情報や知識は共有されるべき(コモンズ)との考えを持っていたことから、新しく有用な発明にのみ特許を付与し、14年間の独占権を与える代わりに、その技術の内容を公開し、技術普及にも努めた(特許制度の公開代償説と呼ばれる)。それゆえに、出願人に模型や関連書類の提出を求めるなど、その審査は厳格かつ真面目であり、たちまち審査の滞貨が溜まったという。これを避けるため、1793年には、審査を経ることなく、特許が登録される制度(無審査制度)に改正された。国務長官自身は、特許審査の負担から逃れることができたが、同一の発明に複数の特許が登録され、その有効・無効は裁判所に委ねられただけで、当の裁判所が滞貨に追われることとなった。特に、とるに足らない発明にさえ多数の独占権が付与されたことから、それに基づく権利行使や訴訟が増え、制度に精通していない第三者や国民に多大な負担と損害を与えた。これら弊害が声高に議会で叫ばれ、1836年には、改めて審査制度が導入され、専門官庁である特許庁の設置を得て、今日に至っている。

現在の商務省のエントランスの上には、著名な大統領等の言葉がいくつか刻まれている。特に15番ストリートに面した北側のエントランスを見上げて欲しい。エイブラハム・リンカーンの、自身が当選した大統領選挙の前年(1859年)の言葉「特許制度は天才という炎に利益という油を注ぐもの "The patent system added the fuel of interest to the fire of genius”」が刻まれた石碑に気付くであろう。

米国憲法や建国の父たちをはじめとした先人達の知的財産制度への思いは、その後、偉大な発明家と呼ばれるトーマス・エジソン、グラハム・ベル、ライト兄弟等に加え、米国だけで200名を超えるノーベル賞受賞者(自然科学分野のみ)を生み、新たな技術革新や産業として結実した。その恩恵は、今日、米国のみならず世界の人々に均霑している。

21世紀、特許制度改革に向けた動き

このように米国の歴史とともに歩んできた特許法が、今世紀に入り、大きく変わろうとしている。識者などは19世紀以来の大改革とも呼ぶ包括的な内容が記された「特許改革法案2007」が、昨年4月、米国第110議会の上下両院に上程された。先の109議会において、両院合計で13回もの公聴会が開かれたものの、審議未了により廃案となった「特許改革法案」を修正し、再度提出したものである。法案提出に際し、両院司法委員会の有力者である民主党のレーヒー上院司法委員長、バーマン下院司法委知的財産小委員長、共和党のハッチ上院議員(前司法委知的財産小委員長)、スミス下院司法委少数党筆頭委員が、揃い踏みで共同記者発表を行うなど、肝いりの法案である。

プロパテント政策(知的財産重視政策)を通じ、国家戦略、企業戦略として、強い特許権が活用される中、それに相応しくない質の低い特許が付与され、濫訴と訴訟コストの高騰を招いてきたとの指摘に応えるものである。言い換えれば、米国競争力を維持するために、プロパテント政策を堅持しつつ、如何に特許の質を向上させ、訴訟コストを低減するかが改革のテーマである。併せて、企業活動がグローバル化する中、制度の国際調和に向け、米国固有の制度の是正も視野に入れている。法案には、かねてより日本としても関心の高い「先願主義の導入」、「ヒルマードクトリンの廃止」、「全件公開制度の導入」、「付与後異議申立制度の導入」などの制度調和関連規定に加え、「損害賠償額算定規定の改正」、「懲罰的賠償規定の見直し」、「裁判管轄の見直し」、「先使用権の拡大」等が明記されるなど、制度全般に渡る包括的・抜本的な内容である。

既に法案は昨年9月に下院を通過し、上院本会議(既に司法委通過済み)の審議待ちである。この4月にも上院本会議開催が予想されたが、損害賠償規定などの各論に対し、IT業界と製薬業界との根深い対立により、議論は滞っている。加えて、4月上旬に、連邦裁判所判事承認手続きの停滞に共和党が反発し、特許改革法案を名指しし、同法案をはじめとした重要法案の審議拒否を伝えるなど、今後の見通しは予断を許さない。

建国の父たちが立ち上げた米国特許制度は、二世紀を経て、更に一段高い知財立国に向け、制度の近代化を図ろうとしている。今は、生みの苦しみを味わっているところとも言える。日本の産業界にとっては、上述の制度調和関連規定をみただけでも、特許改革法案は魅力的な内容である。法案の成立に期待したい。