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![]() ![]() 『ワシントン20年の寿司事情?』
Tako Grill 店主
お蔭様で、タコグリルも今年で20周年を迎えることになりました。10年一昔と言いますが、すでに二昔を迎えたことになります。本当にあっと言う間に過ぎ去った年月でした。オープンしたての頃は、「1年ももてば良いほうだ」と言われながら、今日まで来られたのは、私どもをここまで支えていただいた多くの先輩方、友人、仕事仲間、お客様、それに家族のお陰で、心より感謝しています。瀬川 哲紀 私がアメリカに来たのは1980年4月5日、 今から28年前になります。 当時のワシントンDCには日本食レストランは、ベニハナ、寿司幸、現在は存在しませんが、ジャパンイン、東京スキヤキ、みかど、そして近郊には、さくらパレスがあるのみでした。その中で寿司をサーブしていたお店は、寿司幸、みかど、さくらパレスのみで、しかも寿司カウンターがあったお店は、寿司幸とサクラパレスの2件のみでした。 「寿司ブーム」が起こり始めたのは、カルフォルニアでは1976年頃から、NYでは1978年ごろと言われています。ワシントンDCに至っては、1981年ごろからなので、丁度私が来た頃からワシントン近郊にお寿司屋さんが増え始めたことになります。では、なぜ“寿司ブーム”が起こったのか。大きな要因に次の事が考えられます。まず一つは日本のバブル経済に伴い、日本から多くの企業が進出して来たこと、それに伴い日本食レストランが増えてきた。次に第一、第二の石油ショックにより、燃費効率が良く故障の少ない日本車が注目を集めたこと。またそれは、自動車に止まらずカメラ、テレビ、ステレオなどにも向けられ、メイド.イン.ジャパンは高級イメージに代わっていき、日本の商品がアメリカで信頼されるようになっていった。こうした日本製品に対する信頼関係が寿司ブームの背景に有ったと言われています。二つめは丁度その頃アメリカ政府が国民に通達した“マックガバン勧告”です。これは、肥満の多いアメリカ人が、砂糖、脂肪分、コレステロールの多い食品の摂取を減らして、炭水化物を摂取すると言うものでした。日本食はちょうどこの勧告の内容に適していたようです。最後の要因として、全米でヒットしたテレビ番組“ショウグン”もその立役者であったと思います。それまでの日本の象徴は、フジヤマ、芸者、それに坂本九の“上を向いて歩こう”で有名になったスキヤキソング、それにロッキー青木が全米に展開するようになった鉄板焼きでした。それがこの“ショウグン”をきっかけに、アメリカ人に日本という国の文化背景を知らしめることになったのです。 言うまでもなくワシントンは、アメリカの首都であり政治の街であります。政治家、医者、弁護士、などユダヤ系住民が多く住んでいます。 しかしながら、20年前は寿司を好んで食べている人よりも、友人に誘われて恐々と初めて食する人の方が多かったのが現実でした。生魚=臭いのする魚 というイメージが多くのアメリカ人の考え方でした。皆さんも行かれたことがあると思いますが、ポトマック川にあるフィッシュマーケットに行けば、車を駐車してドアを開けるや腐敗した魚介類の異臭が鼻を突いてきます。もちろん中には、新鮮で刺身でも食べられる魚もありますが、何日も店頭に並べているかのように、眼が落ち込んでいるものや、変色している魚が多いのが現状です。これでは、初めて生魚を食べるにはかなりの勇気が必要になってきます。しかし、このような初心者にも抵抗なくお勧めすることのできるお寿司がカルフォルニアで発明されました。これが“カルフォルニアロール”です。 この巻き物は、アメリカ人の多くが嫌う海苔の香りを隠すように裏巻(シャリを外側に海苔を内側に巻いたもの)にして、しかも生魚を一切使わずにアボカドとカニカマボコで巻いて食べるので、寿司を食べたことのないアメリカ人に最初にお勧めするにはもっとも適している寿司であります。それが原因かどうかは知りませんが、アメリカ人の好む寿司は巻寿司が非常に多い。また日本人のお客さまが寿司バーに座ると「今日の新鮮なネタは?」と問うのに対して、アメリカ人のお客さまは「今日は何がスペシャル?」これは、何かスペシャルの寿司を作ってくれと言う意味で、メニューにない寿司、自分だけのオリジナル寿司を作れと言う事です。その度に板前は色々なネタを組み合わせ、巻物として提供します。これがアメリカに何十種類とある巻寿司と化していった原因です。個々の店でオリジナルの巻寿司があり、中には考えられないような巻物もありますが、これはアメリカで商売するお店にとっても板前にとっても大変ありがたい事です。なぜならば、日本には四季折々の旬の魚がありますが、アメリカの寿司ネタは年中を通して代わり映えしないから、巻きの種類で勝負しているようなものだからです。 7年前より、日本の寿司組合から若い寿司職人達がアメリカの寿司事情を体験する為と、ワシントン寿司組合店との交流に来ていますが、こちらの巻物の種類の多さとアメリカの寿司シェフ(外国人のシェフ)の巻寿司を作る早さには訪れる者全員驚いています。中には、これは日本でも売れそうだとしっかりメモを取ってSushiの逆輸入をしている者もいるほどです。 アメリカ人は、寿司はヘルシーフードとダイエットに良い食べ物であると言いながら、私が店を開店した頃のアメリカ人の握り寿司の食べ方は、プールのように張った醤油皿の中でワサビを混ぜ合わせその中にシャリの方から寿司を丸ごと入れ、ひと呼吸もふた呼吸もして口に運ぶので、見ている方がハラハラして来るほどシャリにはお醤油がたっぷり吸収されてしまいます。一組のお客さまが帰られると、お醤油のボトルが半分になっていることは珍しいことではありません。これでは、健康食どころか健康を害してしまいます。でも幸いに最近は、このようなお客さまはあまり見かけなくなったばかりではなく、日本人のように魚の味が良くわかるお客さまが増えています。 ワサビもこちらの方は、大好きです。あの鼻に抜けるような刺激がたまらないようです。初めて寿司を食べるアメリカ人には、ワカモリ(アボカドとレモン酢をあわせたもの)と間違えてワサビの固まりを一口で食べていたお客様もいましたが、今ではワサビとワカモリの区別が説明しなくても出来るようになりました。もし、醤油もワサビも使わないものが寿司であったなら、こんなにも寿司がアメリカに浸透して来なかったといっても過言ではないでしょう。 今日では、Sushiは、ホテル、ホールフーズ、セーフエー、ジャイアンツ、大学や会社の食堂、それにパーティーには欠かすことのできないメニューとなっています。また、日本食レストランに限らず、アメリカの有名レストランにも寿司とか刺身を生かした創作料理が登場し、量から質へと変わりつつあります。20年前に両親に連れられて、寿司を食べていた小学生が、今ではりっぱな大人になって自分の子供を連れて店に来てくれている家族も沢山います。2世代、3世代となって、いずれはKaraokeと同じ様にSushiが何処の国の食べ物か分からなくなってしまうこともそう遠くはないのではないでしょうか。 最後に、アメリカから日本を見ていると日本の善し悪しが良くわかります。これはアメリカに限らず、異国の地で生活している日本の方々に共通して言えることではないかと思いますが、“美しい国、日本”に生まれ、日本人であって本当に良かったと感じずにはいられません。日本は、四方を海に囲まれ、寒流、暖流が行き交い、四季があり、四季折々の食材に恵まれ、郷土料理があります。本当に自慢の出来る我が日本を誇りに思い、微力ではありますがこの日本食を代表する寿司食を通して、日本の文化をアメリカに浸透さすように今後も貢献できればと思っています。 |